粋
「だって寒いじゃないかい」
古今亭志ん生は多額の借金を抱えながらも、晩年に落語家として大ブレイクし、国民の人気者になった。体が不自由になって寄席に出たら、まともにスジも追えなかったがお客は志ん生師匠が出ているというだけで大喜びした。そしてそんな彼を貧しいときから支えていて奥様とは最後の最後まで生涯を共にしたそうだ。冒頭の台詞はインタビュアーが”なぜ師匠は(こんな波乱万丈の人生に)奥様とずっと一緒にいるのですか?”という質問に答えたものだ。戦後最大の名人だった噺家の粋な名言だと思う。 なんで俺ばかりがと思った。中学生の頃だ。貧しかった。給食費なんて期限を守って払ったことなんてなかった。父親が作った借金を母は払いながら女で一つで俺と弟をスナックを経営し育ててくれた。中学生の頃、クラスの友達が自分の家の引き出しをまさぐると裏ビデオが出てきたと言っていた。お前のおやじスケベだなぁなんて言いながら、母子家庭の俺も何かでてこないかと引き出しをまさぐった。しわしわの汚れた便箋があった。恐る恐る開いてみるとびっしりと字が書き連ねてあった。それは幼い頃に僕らを捨てた父からだった。消印はどこか関東の刑務所からだった。父はそういう人だった。なんで?なんで俺らばっかりこんな目に合う。親戚に米をもらいたく母は玄関で土下座して拝借していた。後ろで見ながらなんでやと思った。神様なんていない。無性に腹がたった。初めて付き合った女の子の母親から、お宅は母子家庭で水商売やってる子の息子やろ?教育行き届いてないと思うんよ、娘に近づかんといてと言われた。なんで?なんで俺だけ。 そんな子が一生懸命やって今はなんとかお笑いやってますなんていう美談でこんなこと書きたいわけじゃない。なんなら誰だっていろんな失敗や間違いや屈辱や悩みを抱えて生きてるだろうって思う。ただこんな他愛もない経験をコラムでサラッと書ける強さが自分には今あるだけ。母親には死ぬほど感謝してる。親孝行しなきゃ。弱い奴は守ってやりたい、守れる大人になりたいなぁなんて思う。憎しみやコンプレックスをただ抱えて世界のせいにして腐って生きてたら俺はダメだと思う。なぜって?だってそれって寒いじゃないかい。それだけだ。



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