お騒がせ企業USEN発行の雑誌「音楽と人」も僕の大好きな雑誌。勉強になりますね。インタビュー、テキストを書く人も元ロッキオンジャパンの人たちだし、なにより読みやすいしね。
今月号の表紙は元ハイロウズのヒロトさんと銀杏BOYZの峯田君。
この対談、邦楽ロックファンなら読みたい組み合わせ。
ただ解散の究明に迫らないこところが「音楽と人」っぽい。
ジャパンなら確実にやっていたでしょうから。
だからといって読み応えないわけじゃなかったです。
ヒロトがバンドをやる意志があるっていうのも分かったしね。
USEN主催でロックフェスやりそうですよねぇ。宇野社長の大好きな沖縄あたりでね。この企画、俺持っていこうかな・・・
ただUSENと吉本ってなんか一緒にやらないよね。なんかあったんでしょうかね。あったんでしょう、まぁ知ってても書けないわな。番組に誰もでてないですからね。ただ単に担当の人が吉本嫌いだったりして。吉本はひかり荘があるからかな?大人のやることは分からないです。知らないふりしましょう。
ただUSENのインターネット番組のGYAO、そのソフトで必要なのは音楽番組であったりするかもね。あと野球もね。プロ野球中継って欲しいかもね。でもベイスターズだけっていうのがね。スカパーは全部中継してるからねぇ。僕はなんでもウエルカムですよ。なんといってもUSENって数少ない就職活動で説明会いった会社ですから。
宇野社長にはアンチの方もいるでしょうけど、あの冒険心は男なら心震えるものありますよ。まぁこの辺はあんまり触らないほうがいいかもね。でもなんかあの人ってカリスマ性っていうか、頼りになるっていうか。金預けたくなる感じ?預けたら倍で返ってきそうな、そういう感じがします。僕はね。
さて「音楽と人」ですけど。今回のでちょっとジーンときたのがアジカンのインタビュー。ニューアルバム聴きましたか?素晴らしかったですよ。
繋がりたいと自己探求しまくっとるゴッチこと後藤氏の世界をメンバー全員が力を合わしてサウンドに反映してましてね。
お客さんにメールこういう人がいまして。
「突然ですがゆらゆら帝国って日本の宝だと思いませんか?私は日々常々思ってるのですが。さっき「ゆらゆら帝国のめまい」を聴き感動しぎて、涙と体の震えが止まりません。美メロで歌もの、名曲だとか優しいとか言われていますが、残酷なんです。ゆらゆら帝国といえば「妄想ミュージック」というイメージだったのですが、あまりにもリアルなんです。確実に聴き手をいぬく言葉。坂本さんにしかかけない。もう聴いてらっしゃるかもしれませんが「ドア」という曲をきいてほしいんです。ゆらゆら帝国の中では異端な感じですが。「お前はあけた-真っ黒のドア」この歌詞にゾクッとしました。私がゆらゆら帝国に出会ったのは17歳のときでした。きっかけはたまたま深夜観たはねとびで、私はお笑いファンでしたが、それよりもOPの「ゆらゆら帝国で考え中」に痺れ、毎週コントよりそれ目当てで観ていたものでした。当時田舎に暮らしていた私には、ゆらゆら帝国というバンドを知らず、ゆらゆら帝国を捜し当てたときは興奮したものでした。妄想と現実が入り交じったクレイジーさ。たまらなく共感を覚え、これがロックというものか!と3×3×3を聞き熱狂したものでした。グロいところも、歌謡的歌唱も、シャウトも、脳内をぐっちゃぐちゃにするノイズも、つきぬけていて全てがストライクでしたね。
ゆらゆら帝国って実に、理想的なスタンスかなと。(ライブの本数がもっと増えてほしいのですが)こないだライブに行き、一方的なようでコミュニケーションあるのではないかと感じました…うまくいえませんが。露出度ものすごい低いですよね。情報量もですが。ゆらゆら帝国に感謝してるのが、「めまい」みたいにリアルなものをつくっても未だ異生物でいてくれることです。坂本さんのインタビューを読んだりしてもあぁ異生物だよなぁ…って。ルーツはあるけど確実にゆらゆら帝国の音なんですよ。ただ演奏がうまいとか歌がうまいだけではないんです。空気が違う。こういう音楽を高校生の思春期真っ只中のときにきけたのは幸せです。
私の周りで面白い統計が出てるんですが(つっても五人だけど)、「高校生(またはそれより若い)ぐらいでゆらゆら帝国を通った人全員がアジカンを拒否する」んです。聴いてみて何かが違うと。そういう価値観が根付いてしまうんですかね。私はもろ影響をうけたくちです。この「思春期におけるゆらゆら帝国の影響力」という統計をきっちり実証してレポートを出したいと思っております」
この文章めちゃくちゃ面白かったんですよね。
なるほどフムフムとね。
僕もゆらゆら大好きですよ。
ファーストの頃なんて吉祥寺でライブ観てましたから。
でもねアジカンも大好きなんだよね。
もちろん二つともタイプが違うよね。
昔、ライジングサンロックフェスティバルでゆらゆら観たとき、なんか機材トラブルで演奏が中断されて予定時間より早く終わったりしてね、ゆらゆら尻切れとんぼだったんだよね。
でも会場から不満の声はでなかったなぁ。
つまりそういうことなんだよね。
ゆらゆらだからしょうがないかっていうか、ゆらゆらの特殊性をみんな共有してるっていうか。
でもアジカンだったらブーイングがおきたりすると思うのよ。
それはアジカンって求心力をもってるし、それだけのことを背負っているバンドだと思うんだよ。普段音楽聴かない人でもアジカン知ってたりするんだよね。僕の周りにもたくさんいる。
アジカンが思春期の少年少女の思いを背負ってやってると思うし、バンドもその覚悟をもとに繋がりたいって叫んでるんだよね。
俺はそこが大好きなんだよ。
そこに尊敬しちゃうんだよね。
涙がでてくる。
それでいながら、ポップソングでありながら、内省的な世界もなくさない。探求してる。
そのバランス感に感動するんだ。
だってゆらゆら帝国は全国の若者のために小さなライブハウスを日本中周ったりあんまりしないでしょ?
でもアジカンはこまめに周る。
それはそういう責任感を持ってるからなんだと思うし、ライブというコミニケーションで作品やバンドが筋肉つけるのを知ってるからでしょ?
俺はブルーハーツやハイスタやミッシェルのように、そして(最近のくるりもそうかな)アジカンのようにそれを背負う宿命の中に生きるバンドが大好きだし、尊敬する。
どっちがいいとかいうわけじゃなくね。
もちろんゆらゆら帝国の自分の感性を銃でうちぬくような感覚も大好きだよ!素晴らしいと思う!
音楽ってたくさんあるから、そんな風に考えてみてはどうだろうか?
僕の大好きなバンドでキングブラザーズという大阪のバンドがいて、その昔そのファンの方がフリーペーパーを作っていらっしゃって、そこにミッシェルの悪口とか書いててね。なんかミッシェルの出囃子がゴッドファーザーのテーマで分かりやすいなぁチバは!みたいなことが書いてあって。なんかそんなとき嫌だったんですよね。なんか嫉妬してるようにも見えて。もっと論理的に批評するならいいけど、まぁフリーペーパーだからしょうがないかもしれないけど、ミッシェルって分かり易さも含めていろんな思いを背負ってたんだよね。
横浜アリーナ初めてのオールスタンディングも分かりやすいよ、でも実際それを一番最初にやったって凄いことなんだよ、だってその求心力ってなかったよ。勇気付けられた人いっぱいいたよ。
目撃者として言うならね。
フジロックのトリを何年ヵ後に アジカンがやることが俺にはしっかり見えますよ。(ちなみにミッシェルってトリやってるよね)。
それって本当に日本人として誇りに思っていいと思うんだよね。
だってそこのポジションに行くことを逃げてる(この言い方は違うかもしれませんが)邦楽アーティスト・バンドマンはいっぱいいるんだからね。
そんなアジカン後藤君が”繋がること”の難しさを吐き出したりしてるインタビューだった。
絶望や無気力を感じてるときもあったみたいだ。でもアルバムを聴いた人は分かるだろうが・・・彼はそれでも繋がりたいって歌う。
インタビュー中にもあったが「桜草」という曲のはこんなフレーズがある。
”一日中毛布に包まって世界から逃げる
傷つくことはなかったけど 心が腐ってたよ”
これ本当にわかるんです。いや小さいことですよ、俺のなんて。
自分が某有名掲示板でバッシングされまくってるの見た時、正にこんな感じ。ネットのブログで間違った記述、相手を傷つけること書いて、抗議されたときなんてこんな感じ。自己反省するより、逃避。逃げてる間だけなんとか救われたり。本当ある。いっぱいある。
生意気なことして番組干されたりしたときもそう。
でも向き合わなきゃと思う。立ち上がらなきゃいけんのですよね。だって自分は自分でしかないし、偉人になりたくてもなれないものはなれないし、ならばちょっとでいいから歩くことで、他人に影響を与えられたらいいかもしれない。
ブログで意見を書くっていうことはそういうことじゃないかな?演芸の世界だって一緒だと思う。(僕のはまだまだ小さなコミュニティだけど)
俺と君と世界。それだけだ。
”分かち合うことの美しさ、分かち合うことの喜びを あなた自身で確かめて”(サンボマスター「手紙」)
サンボマスターの山口氏も同じようにこう歌詞に書く。
本当は分かち合う美しさと背中合わせにある分かち合う難しさを噛み締めることが現状なんだと思う。
でも彼らはそれでも叫ぶ
繋がりたいって叫ぶ。
俺もストイックに作るつもりだが、でも基本は楽しいことをみんなで分かち合ってシェアしたいだけ。
だからこそ彼らにシンパシーを覚えるし、尊敬できたりするんだと思う。
でも作る過程、シリアスな作品なのに、バンドメンバーには笑いが耐えなかったという(メンバーのインタビューより)。
そうそう、そうなんだよなぁ。作り手には笑顔を必要なんだ。
笑いがあってこそ、初めてみんなが気軽に受け取れるし、愛のある視点で見守ってくれるんだろうなって。
だから僕も応援してくれる人、必要としてくれる人がいるっていうのは心強い。本当大丈夫か?って何度も聞くときあるんです、自分に。
でもやらなきゃって、少しだけきつくてもやり続けなきゃって思えるんだよね。
ネタは作り続けますよ。どんなことがあっても。
彼らに負けていられないですからね。
彼(ゴッチ)は自分の音楽が嫌いな人もたくさんいるのを知ってるという。でもあきらめないという。繋がってみたいと歌う。ちっぽけな逃げみたいなの歌っている暇はないと言います。
メールをくれたあなたのその鋭敏な感受性に彼らの作品が応答することを願ってこの文章を閉じます。
最後に後藤君の言葉で素晴らしい言葉があったので。
”夢が終わったときに何かが始まってるんですよね”
こんなに優しいロックミュージシャンがこの国にいて本当に嬉しい。
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