「ツォツィ」問題
南アフリカ(ダイアモンドよりも国際的に非難の的であったアパルトヘイト=人種差別政策で有名)を舞台にした、スラム街で育った不良少年(ツォツィとは南アフリカで不良という意味)の物語「ツォツィ」が過激な暴力的なシーンでR-15指定を映倫からうけ、それに反対するもので10代を対象にした試写会が開かれた。
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実はこの映画僕はもうすでに観てる。
テレビ東京で4月から始まった事業部の新番組「クリップクラップ」の司会が僕らで、この映画を紹介したときに、映画のサンプルを観させてもらったのだ。
大人の男のスタッフも絶賛した映画で、僕も不覚にも感動しまくった、かなり硬派ないい映画である。
番組の中でもかなりお薦めしたのだが、多くの人に観てもらいたい映画だ。
この映画、南アフリカが人種差別を撤廃したと決定した後も、いかに困難な生活を黒人がしいられているかという現実を描き、そのスラム街で育った不良少年が赤ん坊を拾い、育てていくうちに、人間の道徳観に目覚めるというお涙頂戴になりそうな展開を、抑制した演出で丁寧に描いてる力作で、うるさがたにもきにいられそうなシャシン(昔の映画人か!)になっておるのだ。
つうか障害を見せて泣かせる映画よりは、こういうハードで硬派な映画を10代は絶対観るべきで、暴力を肯定してるわけ(しかしながら私は暴力を肯定してる映画もいいと思う、だってそれはやっぱり映画(=嘘)なんだもん)ではないし、むしろ少年の再生と、そして挫折なんだから。
こういう映画の感想を10代を喋ってみたいなぁっと思うのは私だけでしょうか(だいたひかる)
このブログで何度も書いてることだが、理由をそんなところにもっていくのが好きになれない。人を殺めれば必ず罰せられるべきだし、いかなる理由があろうとも、何かに影響を受けて犯罪やルールを破る奴なんて、僕はシンプルに馬鹿で、そういう奴なんだと思う。もしも教育で何かそういうものを教えることができるなら、「嘘」っていうものの偉大さを教えるべきなのだ。
「芸」、それを共有し、楽しむことができる人間に育てるのって、生真面目に臭いものにフタをして、勤勉や道徳を教える以上に尊いことだと思う。
むしろ問題はこの映画を観に来た若者に刺激的な感想がないこと。
もしくはあったにもかかわらず、マスコミがそういう面白い観点の意見を記事にしないこと。いやできないこと、する才能がないこと。
こっちのほうが悪だ。



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