デスプルプルプルーフ
「しまった!!これ映画館だった!」
観終わってすぐにそうつぶやいた。クエンティータランティーノ、うちのパソコンだと一発変換で”食えんティー足らんティーの”となってしまうタランティーノの新作「デスプルーフイングラインドハウス」のサンプル盤を観終わったときの最初の感想。
USENで映画番組をしているおかげで、公開前の映画をたくさん観れる機会に恵まれている。
ただ、中にはこれ絶対映画館には行かなかったろうなぁって思うような作品もあって、嬉しいのだが、俺の人生、こんな映画観るほど暇じゃなねぇよと唾吐く瞬間もあるのも事実。
タランティーノの新作もちょっとナメた気持ちで再生した。
俺は部屋に「パルプフィクション」のポスター貼って、部屋でお香炊いてるような専門学生の女子があんまり好きじゃない。
こんなの映画オタクのオマージュ連発のおバカ映画なんだ、だから最高、とこういう気持ちで観ておるのかいな婦女子よ!とたてつきたくなるのだ。
ま、余計なお世話ですな。俺はほとんど映画を女子と観にいったことはないのだ。
大学生の頃は年間多いときで500本観てた。
いつも独りか、バイト先のもてない童貞仲間と一緒に。池袋の旧文芸座で映画3本立て観て、文芸座の横の喫茶店でカレー食って(これ復活して欲しいなぁ)、お笑いライブ観て、徹夜バイト行って、朝マック食って、オナニーして寝て、また映画館に行ってた。
俺にとって映画とは、青年期のモラトリアム、暗闇の中、行き場のない孤独を埋めるためのものだった。
俺はタランティーノ映画における「トゥルーロマンス」の主人公よろしく、
好きな女と喋れるときに、空気も読めず好きな映画やお笑いや本や音楽の話を
一生懸命するイカ臭い男の子だったのだ(今も変わらないから嫁に飽き飽きされるんだ・・・)。
そして必ず俺が若い頃に好きだった専門学生の子の部屋には「パルプフィクション」のポスターがあり、お香が立ち込めていたのだ。
そんな俺にとって、この映画の、特に後半部分は駄目だ。
俺はなぜだがこの素敵なバカ映画を観ながら泣いていた。あの頃の自分がぼやけて見えたのかもしれない。そして、おそらく劇場で爆笑になるであろうラストシーンを観ながら思った。
映画なんて講釈垂れても、理屈こねても、どんな手段でも届かない高みのような感動があるのだ、なと。
こいつは映画館で是非観て欲しい。
まだいるだろうか?「ぴあ」を片手に鬱屈とした青春時代を悶々としながらも、
暗闇の中、何かにすがるようにシネマをひたすら集中し睨み付ける奴。
この映画はそんな時代遅れの君にとっての鎮魂歌。
やはり映画は映画館でできれば独りで観たいものだ。
カートラッセルやジョンーデップや蟹江敬三みたいにエラの張った役者は大好きだねと自らのエラをさすりながら好物のマミーを飲む大谷先生に励ましのお便りを・・・・・・・・・



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