キングオブコントについてその②
さっきのはあくまも僕の個人的な感想ね。そう内側からのレビュー。私的な感想。
さて審査に関して来年以降どうしたらいいか、本当たくさんの意見をいただきまして。すごく面白かった、ありがとうございます。
メール全てじっくり読ませてもらいました。すんげー感動した。
一点、気になること。
ブロックを2つに分ける意味が分からないというの。それは理解できるけど、1つにしてバナナマンとロバートが行くべきだったという意見にはちょっと反対。審査してる立場としてAとBでは全然空気が違いますから。
Aを選ぶときにはその空気で、一旦リセットしてBの審査をしたので、後付であれを一つにしたらロバートがバッファローさんを上回っていたっていうのはちょっと違う。なんていうか審査してるほうはまったく違うところの大会の審査をしてるような気分もあるのです(大げさに言うのなら)
なんにせよ、ルールの段階でもっと意見を交わせるところがあったらいいんでしょうな。
来年はきっとそうなると思いますね。
「さてキングオブコントですが…わたしなりに考察した、「芸人が審査する」という方法の長所と短所です。
<長所>
・芸人達の感性が垣間見れて面白い
・師匠の審査だと技術を見る目があるが、感性が古そう。(←素人の危惧ですが)
視聴者の審査だと技術を見る目が無く、人気投票になる可能性がある。
この間をとる「出場芸人」ならば適切な基準で審査してくれるのでは?という期待
<短所>
・いわゆる芸人ウケは視聴者と乖離してることが往々にしてあるので、視聴者置いてけぼりになりかねない。
・所属事務所や交友関係などによる私情を交えた判断がされるのではないか?
次はキングオブコントという大会への意見。
・決勝をリーグ分けする必要性は無い。Aリーグ1位がBリーグ2位より低得点というのは疑問。
芸人達が審査するならば、準決勝までの段階でもそうした方が透明性がある。
予選段階から審査基準を一貫させ、それを公表して欲しい。
決勝での得点の基準を設けて欲しい。(5点=文句なし、4点=面白かったが惜しい点があった…など)
芸人が審査するならば、オールザッツみたいな雰囲気になることが妥当なのでは?
なのにKOCは権威を前面に打ち出していたことに違和感を感じた。」
なるほど、分析をしてくれたのね。
確かに何をもって何点つければよかったのか今だに僕分からないですから。
あと多かったのはこちらですね。
「まず、どうしても採点方法に納得できません。
セミファイナリストの芸人さん方が審査するというのは、M-1やR-1とは違いおもしろいと思います。
ただ、最後2組になったとき、最初に敗れた芸人さん方々に口頭で言わせることには疑問を感じずにはいられません。
八百長だの出来レースだとは思いませんが、常日頃から吉本の上下関係が厳しいことは耳にします。
私には、あの状態で吉本の後輩の方々がバナナマンと言えるとは思いません。
出来レースではなくても、結果的にはそう見えてしまい本当に残念です。
また、AとBに分けた理由もわかりません。
最後残るべきなのは、やはり全体で点数の高かった2組なのではないでしょうか。
結果に涙ぐむ芸人さん方を見ていると、真剣な気持ちが伝わってきました。
だからこそ、審査方法の改善が必要だと思います。
来年以降の審査方法についてなのですが、私の考えは一般投票です。
携帯や地デジを使い視聴者による投票という形はどうでしょうか?
ただ、視聴者による投票が必ずしも公平だとは思えない方もいらっしゃるでしょう。
やはり全国区の芸人さんが多少なりとも有利になるでしょうし、人気も比例してきてしまうと思います。
それでも今回の審査方法よりは視聴者は納得するものとなると思います。
他の大会と違う審査方法をとるのなら、一度試してみる価値はあると思います。」
オンエアーバトルとかそうだもんね。
うーん・・・僕は審査は最後の最後まで一般じゃないほうがいいかなと。
人気投票より、ボケの数で決まりそうなイメージがあるんですね。
凄い技術的なことですけどね。ボケ多かったなぁっていうほうがオンエアーバトルでもうかっていたような気がするんですよね。
でもコントはやっぱり構成とか、むしろボケがたくさんあるよりシチュエーションだったり、無駄なボケがない、必然性のあるボケだけのほうがいいコントだなぁって思うんですね。
「大谷さんの「オールザッツみたいな空気」って言うのがすごくよく分かりました。
オールザッツも、出場の芸人さんと一般のお客さんが一緒に観客として見ていますものね。
それで楽屋ノリとか内輪ネタってわけじゃないのに、芸人さんは爆笑、一般の人はあんまり
逆に一般の人がかなりウケていても芸人さんたちはそれ程でもない、って事があります。
「おもしろい」って絶対的な指標が無いので、人によって色々でしょうし、プロと素人の視線の差っていうのもかなりあると思います。
特定の名前を出すのはどうかと思いましたが、
野性爆弾さんなんてきっとめちゃくちゃ面白いと思う人と全く理解できない、おもしろくない、と思う人がいると思います。
ひょっとしたら、比率で言えばおもしろいと思う人が圧倒的に少ないかもしれません。
今回のキングオブコントは審査員を、それまで戦ってきて惜しくも敗れた芸人さんたちがするという画期的なものでした。だから審査員の判断と、一般視聴者の意見に差が出るのも仕方ないかもしれません。しかし今回はこういうルールでやる、と決まっている以上、そのルールにのっとって戦い、結果を出さなければなりません。だから、バッファロー吾郎さん優勝は文句なしです。
ちなみに僕個人は一番面白いとも思いました。笑いはもちろん、上手いなぁ!そう来たか!と感心までしてしまいました。一般的にどこまで理解されるか分かりませんが、あのバッファローさんらしい世界観は見ていて圧巻でした。そしてそれをあんな大きなコンテストで貫いた姿勢にも感動しました。
だから一部の書き込みなど見ると、色んな人たちの意見の差がここまであるのかと驚きました。
ゴールデンタイムに地上波でやるコンテストとして、この審査方法は受け入れられなかったのかな? と思います。
例えばどこかの舞台に芸人さんだけを入れて行ったコンテストなら、批判する人なんて皆無でしょう。何だか、事務所がどうだとか芸歴がどうだとか言っている人たちがいるみたいですが
審査した芸人さんたちは、きっと自分たちの中にはっきりとした「これがおもしろい」って言うものを持っていてそれに従い、己の感性にプライドをもって審査したはずです。僕はそう感じました。
そういう意味で、八百長(言葉が悪くてすいません)だとかなんだとか言ってる連中は、出場した全ての芸人さんたちに本当に失礼だと思っています。ましてや竹若さんのブログにそんな事を書き込むのは、全く理解できません。ハッキリ言って腹立ちます。自分が応援している人がいたら、その人たちに応援のメッセージを送れば良い違った感想があれば、それを自分のHPとかで書けば良い、審査の仕方、番組のつくりに不平不満があれば、それを作った人たちに言えば良い、なぜコンテストで優勝したばかりの人に向けて、あんな暴言を吐けるのでしょう。
本当にショックで、悲しいです。
どんなものを見ても、良いと思う人もそう思わない人もいます。色んな意見が出るのは結構ですが、
自分の意見と違うものは全否定、ましてやあんな形で吐き棄てるだけ、なんて何の意味もありません。
いわゆるテレビにたくさん出ている人気タレントさんが優勝しないと納得できないのなら、今回の審査基準を聞いた時点で「これは自分たちとは意見の違う人が審査するんだ」と、予測しておかなければなりません。納得できないなら最初から見なければ良いんです。
逆に僕は「これはおもしろさというより、人気だけで審査してない・・・・?」といった感じのコンテストに、まだまだ無名の新人さんが出ていて、僕は一番おもしろいと思ったのに低い得点で負けるといった事が何度も何度もありますが、「人気商売の世界だから」と割り切っています。
まぁ今までのコンテスト・賞レースと最も違うのはそういった部分だ、と言う事をしっかりアナウンスできてなかった大会側、理解できていなかった視聴者側、と問題はそれぞれあるでしょうが、僕はこういう大会を改善しながら続けて言って欲しいです。」
僕かなりこの人の意見に賛同しますね。多分、新しいルールで賛否両論になるのにはあとは名前もあるんだと思うんですね、キングですから。コント日本一ってやっぱり凄く重い言葉ですよね。
「最終審査のやり方には世間からかなり批判があったように感じます。
まず最終決勝2組の口頭はいらないと思いました。自分にいれるのは当たり前ですし、自信がない芸人さんはあそこまで来れる訳がありません。
最終決勝に行けなかったファイナリストの方の投票の仕方が一番問題があったと思います。
今回の審査結果はおかしいと思いません。お二組ともすごく面白かったですし、あとは好みで差をつけるしかないかなと思いました。
吉本の組織票だという人もいますが、逆に、そう言われるのを恐れて吉本さん同士で投票はしづらいのでないかと思います。
ただ、わざわざ書いたのに、また口頭で言うのは微妙に感じました。
記名投票して、名前は発表せず、アナウンサーの方やMCの方が開票する方が、いいと思います。でも一番のやり方は、一次審査をやった芸人さん100人が最終審査をすることだと思います。ファイナリストの人も、演技しおわったあとに審査するのは、大変だと思います。
2つのブロック分けに関しては最初の方にでる人のハンデを消したことになってよかったと思います。審査と関係はありませんが、ネタの時にあった、背景はいらないと思います。
基本芸人さんの手作りであるのが、ネタの良さだと思いますし、変にこってしまうと笑いが減る気がします。」
こんな発想なかったよ、そっかぁセットなしかぁ。ゴールデンでも?
うーん凄いストイック。でも確かにコントって背景も想像するもんなのかもなぁ。
でもやはりゴールデンでのコントの復権を考えたら、ちゃんとしたセットで練られたコントをやるっていうのは凄く大事なような気がするのね。そこからコント番組が増えるならね。
「M-1とキングオブコントを比べる事自体間違いでしょうか。
漫才とコントは別物ですもんね。
漫才とコントは‥M-1の決勝戦で師匠方は何を基準に審査しているんでしょうか?
それは巨人師匠が2007のM-1の時におっしゃっていた、ネタの斬新さ、或いは漫才の技術力。という言葉がしっくりきます。
でもコントで技術を競うとなるとピンときませんね。
ネタの斬新さ、というかコント師それぞれの世界観を楽しむことこそコントを見る醍醐味だと私は思います。
漫才とコントを比べるということは、小説と映画を比べているようでとても馬鹿げていると思います。映画の良し悪しを語る時にどういった基準で映画の良し悪しを判断しますか?
例えば私が好きな映画を誰かがけなしたとしてもそれはもう価値観の違いですよね。
コントにもそれぐらいのスケールがあるとするならば、素人が判断出来る訳もなく、それを生業としてプロと呼ばれる人達も価値観を一つに共有できるとは思えません。
じゃあやはり技術で競うしかないのか?
コントの世界観を崩さず技術で勝負する。
それを見てもお客さんが楽しめ、尚且つコントを競う当人達が納得できるような方法。
ど素人の私のつまらん頭から捻り出せる答えはこれしかありません。
それはポイント制です。
それは体操競技でもシンクロでも何でもいいですけどスポーツ競技のように、コントに用いる技術一つ一つに点数を決めていく。
コント師達はいかに自分達のコントの世界観を崩さずに技を入れれるかを競う。
その技が客にわかりやすければ盛り上がるでしょうし、競技として成立させれば見ている方もやっている方も最後には納得できるのではないでしょうか?」
なるほど、コントに大事なものはコレって最初に定義するってことね。それもアリでしょ、絶対。そしたら「キングオブコント」向けって何か分かるもんね。それに合間見えないコント師がいてもいいんですよ、結局。
「批判の中にはダウンタウンのお二人の「お楽しみ会か」や「中学生か」のツッコミを持ち出し、
バッファロー吾郎のコント全体を指して言っているように使われていますが、あれは最後のオチを指して
言った言葉ですよね?・・・って大谷さんに言ってもしょうがないですけど(笑)。
数年前、「オールザッツ」でのコントで木村さんが「うわー、すってんころりん」と言ってこけたときに
腹抱えて泣くほど笑いました。小太りで丸坊主の中年のおっさんが「うわー、すってんころりん」と言ってこけたんです。
笑いますよそりゃ。たとえそれが中学生レベルでも。いや中学生レベルだからこそ。
アホな大人だなと思って、愛しいなと思いましたよ。
だから1本目終わりに松本さんの言った「こいつらアホですよ」は最大級の誉め言葉だと思ってます。
結局、どれぐらい面白がれるかなんですよね。
それで文中の「オールザッツみたいな空気」にはニヤッとしました。
オールザッツはテレビ見ながらでも独特の空気を感じますが僕が見てるときに気にしてるのは芸人の笑い声で
芸人が笑ってるところで自分も笑ってるとなぜか嬉しいんですよね。
なので今回も芸人の笑い声を気にしてましてバッファロー吾郎が出ただけでドワーっと野太い笑い声が響いたときはオールザッツを感じました。
審査方法については以前からラジオで松本さんが仰っていて(過去の著書でもボクシングの判定は選手同士に決めさせればいいと主張されてますが)究極の純粋さを求める画期的な方法だとは思いますが最後に口頭でっていうのは・・・。
でも松本さんはそこまでは仰ってなかったので誰の判断なんでしょ。ただ無記名でも操作があったと批判する人はいるわけで難しいですね。
結局、出た人間が納得できるかどうかが全てだと思います。
今回であればバッファロー吾郎以外の決勝メンバーであって、その人たちはこの方法で納得できたのか。
ずばり訊きたいのは芸人にとって客に審査されるというのは嬉しいもんなんですか?
例えば電話投票で決めるというシステムは納得できるんでしょうか?
大谷さんはMBSの高校生の方法には疑問を呈されてましたが(僕も同感です)、
M-1のようにレジェンドたちに審査されるほうが納得いくのかどうなのか。
純粋に選んだ結果ということを前提に書きますが、このネットで散見される批判の根っこは
優勝者が吉本であるということにしかならないんですよね。
批判を抑えるなら吉本色をいかに薄めるかしか解決はないでしょうが物理的に難しいですよねえ・・・。
大谷さん仰るように吉本が優勝すれば不満で非吉本が優勝すれば満足というのはもはや客にも「面白さ」の判断はないですからね。
客観視しているようで客観視できる人間なんていないわけですから。
それを一番純粋に判断できるのが芸人ってことで今回でしょうがその「純粋さ」が世間にどこまで伝わったのか。
ふと今回の方法はネット時代の匿名性とか本音と建前とかそんな「時代」も考えてしまいます。
長々とすいません。
ちなみにpodcastで「JUNK」9月最終週のバナナマンのキング・オブ・コント話が聞けます。
最後に疑問ですが、
番組終了残り10分でもし決勝2組の選択で勝負ついたらどうやって時間延ばしたのか気になります。
2組には事前にスタッフは訊いていたのでしょうか?
そんなことで来年はぜひ決勝へ!」
それも全然気づかなかった。うーん、よく気づくなぁ・・・感心しちゃう。
つうかこの人の文章面白い。
僕らに対する声援本当にありがたいです。
でも来年は出れるかなぁ。やるなら一年ちゃんとコント作らないと、恥ずかしいだけですから。
コント師でなく、漫才師になっちまったんですね、本音を言うと。
すんげー面白いこと言う先輩がいましてね。
尊敬できる方なのですが・・・・2丁拳銃の川谷さんがね
「コントは何万回練習して、その成果が見えてもいいけど、漫才は練習してないように見えなきゃいけない」
それはね、コントって嘘の共有が早いんですよ。
演劇とかもそうなんですね。
お客さんが設定をすぐ受け入れるんです。
演じてる方は後は笑いに向かってキャラを無理なく転がしたりするんです。
だからキャラクターが極端なフリークスになるか(そうなると上手いツッコミが必要なのですが)、なんか見たことないけどいるいるっていう上質のあるあるじゃなきゃいけんわけですよね。
でも漫才はリアルなんです。
むき出しの関係性なんですね。
会話の中の嘘くささを排除しないと駄目なんです。
結婚してる芸人がデートのネタとかやっても面白いわけないんですよ。
それは客に甘えてるんです、大目に見てねって。
そこに取り付かれてしまったんですね。
漫才をこねくり回すことにね。
漫才に取り付かれたら、憑依することの難しさに気づきましたね。
準決勝のボクは少なくとも照れてやっていたもん。
情けない。
そんなのコント師に失礼だから。
ただ俺らも昔コントにこだわりもってたコント師だったと自負しとります。
なんでこの大会終わって大地さんと喋ってですね、どうするかって。
なんかとりあえずやったら嫌ですね。出たも何も爪あと残せないねって。
でももう一回ありえないコント作ってみるかってなったら、来年も出たいです。
所詮俺らはまだまだせみファイナリストですから。
やっぱり決勝のあの晴れの舞台立たなきゃこうやって語ることだって駄目なんです。
いや決勝立ったら何にも喋らないだろうねぇ。
来年もあると信じています。
だって素晴らしいイベントであることは間違いないんですから。
必ずやみんなの建設的な意見で、来年以降も続いていくと思ってます。
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