生生生Baba O'Riley
今だにドキドキしてる。日記やブログというものが、自分がちゃんと自分らしく生きていたかどうかということを将来遡って確認するために書いているというならば、どうか未来の俺よ、
この記事を読んでくれ!!!!!!
THE WHOを2008年11月19日
俺は日本武道館で観た。
そしてブルブルと震え、ワナワナと胸が熱くなり、心で泣いた。
あーよかった。
現役でしたなぁ。
生「Baba O'Riley 」、気絶するかと思いました。
”平原に出て
俺は自分の食いぶちのために戦う
生きていくために全力をそそぐんだ
自分が正しいって証明するために
戦う必要はない
許してもらおうなんて思ってないから
泣くなよ
そんな目で見ないでくれ
10代は不毛時代さ
サリー、俺の手をとって
国を横切って南に旅しよう
火を消して
俺の肩越しに後ろを見るんじゃない
これがエクソダスなんだ
幸せは近い
うんと年とってしまう前に
一緒に行こうぜ
10代は不毛時代
こんなのただの、10代の不毛地帯さ
10代は不毛時代
10代に実りはないんだ
すべてが無駄なのさ”
「Baba O'Riley」THE WHO
聞いた話によるとここで出てくる”サリー”がOasisの
「DON'T LOOK BACK IN ANGER」に出てくるサリーらしいね。
それってすごくない?
時を越えて、ロックが伝えようとしてること。
すごいのは「Baba O'Riley」はピートが夢中だった哲学者の名前からいただいたタイトルで、それさえあればオッケーみたいな、なんか深刻じゃない雰囲気で作った曲らしいんだよ。
なんでそれを夜中ヘッドホンで聴いてたら泣きたくなるんだろう。
Oasisはただのダジャレなんだよね。あんないい曲のあんないい歌詞なのに。
確かにところどころ分かんないなぁって思ったりするじゃん。
ジョンレノン風の韻をふんでるだけで他意はないんだって。
それを受け手、リスナーやオーディエンスが様々な個人的な勝手な解釈でグッときてるんだよ。
それって素晴らしいよ。それがロックだもん。
それがロックの本質だと思う。
意図なんかどうでもよくて、手を離れたら、もう聞き手のもんだからって。
そしてそんな曲が、今の若者、今のリスナーを興奮させているんだから恐れ入る。
俺、やっぱし泣いたし。
どう解釈してもいいのさ。すごいよね。
ただし、これだけは言える。
THE WHOを生で観たかそうでないかで、この曲の聴こえ方も全然違うってこと。
やばぁいぜ!脳みそ震わしたぜ。
あー生きててよかったぁぁっぁぁぁぁ!
この瞬間だけ時代は俺のもんだって思えたんだもん。




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