沢知恵さんを聴こうよ

沢さんの歌にはちょっと落語や講壇みたいな要素があったりして。
さだまさしさんの曲を多めにカバーしてたりするのもそれかなぁって。
古典落語に接するみたいにカバーしてるんではないかなぁと。
それは正に立川談春さんのような妄想と解釈で。
それってHIP HOPじゃん。
新しい解釈と発見。
あっ!!
すぐれた落語ってHIP HOPなんだ!!
彼女の「小さい恋のうた」の
PVないかなぁって探してたらこういうのを
作ってた方がいた。
これもまた新しい解釈。
「小さな恋のうた」
という曲がまったく違う解釈で
でもそれは絶対に間違ってない解釈で。
つまり「小さな恋のうた」は非常に阿久悠さん的歌謡曲
エッセンスを含んだポップソングなのだ。
ロッキンオンの方が
「小さな恋のうた」を日本の「DON'T LOOK BACK IN ANGER」
だといい至極納得しましたが、
それはオアシスの大名曲と一緒で
いかようにも解釈され、いかようにもそれぞれの人生において
照らし合わすことができる大衆性=歌謡性があるってことでしょうから。
私はこの映像観て泣きました。いや泣かされました。
いとうせいこうさんのフリーチベット運動におけるポエムリーディングのときに
ピアノと歌を唄っているのも沢さんだったのですね。
知らなかったです。
これも観ながら“言葉”について考えます。
全然遠いことかもしれないですけど、
こういうポエムやHIP HOPのいろんなスタイルって
非常にコントに活用されます。
つまり笑いもんにされたりするんですけど、
「愛のむきだし」の聖書の一文「コリント人への手紙」の朗読シーンや
「SR サイタマノラッパー」の描写とか、
それ自体を逆手にとって、新たな感動を作り上げるって方が全然先いってる。
若手とかで漫才にラップを揶揄するのって相当危ういってことですね。
夏はコントにライブを、単独ライブをやるんですが、
今年はどうしてももう一つやりたいライブがあって。
おこがましいんですけど古館さんがやっていた
「トーキングブルース」の自分版みたいなの。
喋りが基本で、いろいろ喋りながら、言葉をテーマに
僕の戦友であった高口という男のことを語りたいのです。
そしてそれをちゃんと舞台化してみたい。
R-1にちょっとだけ出て、ただのフリートークとも違う、
設定の中で複数で演じるお芝居でもない、落語というスタイルでもない
なんか言葉を使った舞台ができないか考えてて。
簡単ではないと思いますが、それを小さな劇場でもいいんでやることを
ずっと考えてます。
結局”落語”という芸にいきつくんでしょうが。
とにかく今年はあたって砕けろてな感じで新しい解釈のもと、
やれることを広げていってみたのです。
よろしければ生の舞台に足を運んでみてください。




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