浅草芸人
中山涙さんの「浅草芸人」という本が大変面白かったです。
読みながら僕はやっぱり東京の笑い、軽演劇なんかも含む、そういう美学みたいなものが
大好きだなぁって思いました。
自分たちは田舎者なんでそういう粋みたいなものが感覚的にわからなかったですが、
憧れは常にあります。
ロッパとか観てみたかったなぁって思います。
浅草芸人に対する憧れ。
やっぱりそれは多感な時期にビートたけしに出会ったことがでかいなって思います。
たけしさんが言ってた
芸人に死に場所を求めていた、という言葉は当時芸人になる直前、
一番影響を受けた言葉です。
売れない芸人で死んでいってもロマンが残るってやつです。
就職活動がうまくいかなかったとき、やっぱり芸人になりたいって思ってた自分に気づいたとき。
その言葉に自分は死のうと思いました。
高校生のころ、死にたくて死にたくてたまらなかった僕。
大学生になれば、東京に行けば何か変わるかなって思った僕。
でも何もなかった僕にとって芸人という響きは甘美すぎました。
そこで死にたい。
それこそが一番かっこいい、自分の生き方じゃないのか?
そう思い込むことで生きていけた。
だからこそ必死にネタを作ったり、必死で稽古をしたんだと思います。
だからこそね。
そう死に場所なんだから真剣にやっておくかって。
それが僕らにはよかったんだと思います。
才能以上の何かとたまーに、本当にたまーに両想いになれるとき、
それはやっぱり真剣で本気だったからかなぁって思いますもの。
あとはやっぱり何より芸が、芸人が好きで好きでたまらないからだと思います。
今もそう思ってます。
ビートたけしみたいな人にはなれないけど、ビートたけしを経ての自分にしかなれない
芸人になることだけを考えて生きてました。
所詮”自分”なんです、僕は。
今、一番大好きなとんねるずさんにもそういう関東の笑いに対する愛情を感じます。
日本的なもので一番苦手なのは新参者に冷たいところ。
時代を先どるニューカマーと言いながら破壊を繰り返してたときのとんねるずさんもいいですが、
今のキャリアを経てからの今のやり方にアナーキー以外の何物でもないものを感じます。
大地はよしもとの芸人のくせに、たまたま、本当にたまたまなんですが、バナバマンさんの
ラジオに石橋さんが飛び入りした回に立ち会ってます。
そのポッドキャストの石橋さんの言葉を胸に戦っていきたいなって思います。
浅草芸人っていうのになぜかとんねるずさんの話になって申し訳ないですが、
ちょっとそんなことを考えました。
本作ではよしもと東京の歴史にも触れてます。
読みながら
吉本とは相対的な笑いになったときに魅力があるなって思ってます。
やっぱりカウンターであるときが一番すごいよなぁって思います。
そんなことをぼんやり考えてしまいました。
ちなみこの本をまとめた出版社の方、僕の中学生、高校生の頃の同級生でした。
不思議な縁にびっくりしました。




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