「サウダーヂ」を観た
とにかくむちゃくちゃ面白かったです。
もうね、今年は韓国映画「哀しき獣」とこの「サウダーヂ」ですごいスタートきれた!ってくらい、映画館を出たあともずっとこの映画について喋りまくってます。
今の自分の流行語は”あっちの人は意識高いよ”です。
”日本映画史上”という言葉はあまり軽々しく使えないでしょうが、
ちょっとどう考えてもそれクラスの一本ではないでしょうか。
映画観たなぁって感じです。
よしもとにいますんでね。沖縄国際映画祭とかでながしてほしい。
地方って謳うのならば、こういう映画を観てどう思うか知りたいんです。
監督はいわゆる田舎映画、田舎の人間はつつましく生きてますみたいな映画にしたくなかったと言ってました。辛辣な描写もあります。現実とは何かというのをまざまざと見せつけます。でもそこからじゃないと始まらないと。それを説明した上で山梨のみなさんから寄付を募ったそうです。
この映画を観て山梨甲府がかわいそうだ、なんて全然思いません。
むしろとてもうらやましかった。
この提示によって結論は観たあとがつけるんでしょ。
「サウダーヂ」はあくまでもコメディとしての人間描写に長けていて、登場人物一人一人に愛情が注がれていて、俺らどっかで会いましたっけってくらいのリアリティとあるある感に満ちてます。笑ったなぁ、本当。
それぞれのキャラクターがね。秀逸すぎる。エピソードの断片も監督がリサーチして、実際にあったことを素に作られたりして。水のうさんくさいのも田舎にあったらしいんだけど、水ってのがまた現代的で。
そういう意味では宇多丸さんも言ってましたが、「ヒーローショー」を思い出しました。
田舎に住む三人の元ヤンキーとかね。そうそう田舎のヤンキー感半端なくて。このヤンキー、暴走族ってキーワードもキーポイントですよね。
ラストのあのシーン、音楽の使い方、撮り方。カタルシスに頼らない(あえてこういう言い方をさせてください)ハラワタにズシってくるシーンです。僕は笑いましたけどね。
最初のラーメン屋のシーンから最高だ。群像劇の始まりって意味ではまるで「パルプフィクション」を思わせるシーンなのに、そのエピソードは絡まっていかない。あくまでもすれ違い、個人的なエピソードで終わっていく。映画的じゃないというかもしれないけど、いやむしろ僕はそれこそが「サウダーヂ」の圧倒的な映画力だと思います。だって僕らはそういうライフを生きているのだもの。ヒップホップ、土方、移民、ここではないどこかを探し続けるものたちのもがき方にむしろ圧倒的な ”日本” を感じてしまいます。
ラーメン屋と言えば、終盤でも笑ったなぁ。看板に。
ある登場人物が屋上でつぶやく一言
「この街も・・・・」
に愕然とする人もいるでしょう。
そこにはおれがまちにおいで的な田舎の牧歌的な映画にはない厳しさがあふれています。
僕は今、山梨甲府に行きたくて仕方ないです。
ヒップホップ映画の傑作「サイタマノラッパー」も相当面白かったですが、
この映画は全く違うやり方でヒップホップの本質をえがいてます。「キッズリターン」の名台詞。
”もう終わったのかな?まだ始まってもねぇよ”
という抵抗を思い出しました。
ポルトガル語で”郷愁””憧れ”という意味なのですが、ぴったりのタイトルでしょ。
この喪失感、この居心地の悪さ、せつなく胸が締め付けられます。
ただ僕はトリュフォーが「大人は判ってくれない」で主人公が海をめざすように、ここではないどこかへの憧憬を、もがき続ける日常からの逸脱を、観てる自分託されたような気になりました。
移民が一気にやってきたバブル経済の20年前からハーフタレントのブレイク。
その出自にはいろいろあると思う。
アダルトビデオの女優にも最近増えてきたブラジルとのハーフの女優に話を
聞いてみたいなって思った。そんなドキュメンタリーを観てみたいって。
群馬や浜松や甲府・・・郊外というものの産業構図を考えたら、もはや外国人抜きには考えられない現実の中で幸せについて考える。
それは濃厚な人間ドラマのソレでもあるのだ。

YouTube: 言葉にできないことをどう表現するか/東京原発とサウダーヂ
この人も最高の芝居で登場。笑った。
そしてやっぱりヒップホップという手法の面白さにまた触れた感じです。
多くの、本当に多くの日本人に観てもらいたい。
日本映画ビバな傑作でございます。
スタッフの皆様、出演者の皆様、最高の映画をありがとう!!




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