DJダイノジって?
YouTube: 【DJダイノジ】ジャイアンナイト 2005-2011
これうちのDJのダイジェストです。
いろんなフェスにも出てます。
会社の忘年会やパーティーや音楽イベントにも。
あと地方にも積極的に行ってイベントやったりね。
もう7年です。
よかったらいらっしゃって体感してみてください。
問い合わせ

大谷 ノブ彦(おおたに のぶひこ)
1972年6月8日 生まれ
175cm/65kg/B型/双子座
YouTube: 【DJダイノジ】ジャイアンナイト 2005-2011
これうちのDJのダイジェストです。
いろんなフェスにも出てます。
会社の忘年会やパーティーや音楽イベントにも。
あと地方にも積極的に行ってイベントやったりね。
もう7年です。
よかったらいらっしゃって体感してみてください。
問い合わせ
僕は日本中に人々が滅入ってしまう梅雨時この世に生をうけた。職人共は雨の日は働き口もなく、ただ憂鬱に空を眺める日々、そんな風景を思い出す初夏の日、俺は生まれた。俺はこの季節がイヤだった。うちは貧しく誕生日パーティーなんて夢の夢。家で内職をしていた母によく愚痴っていた。皮肉か?俺はこのお笑い芸人という仕事について、この6月に忙しく何かに集中していたという記憶があまりにない。ブルーマンデー、労働者にとって憂鬱な月曜日、俺はそんな気持ちをなぞりながら仕事にもありつけず明日に不安な日々を過ごしていたものだ。今年もそんな日々がやってくるかと思っていたある日、俺に吉報が舞い降りた。4月にうけたオーディションによる映画主演のお仕事だ。映画?主演?俺はこの大抜擢に心胸躍った!絶望の谷底に照らされた一筋の光。最初の役者の顔見せ、そして渡される台本。ドキドキしながらページをめくる、そこには一番最初に名前が書いてあるは・・・あれっ?俺じゃない?一番最初は俺じゃないぞ!そこに書いてあったのが、俺と二人主役を務めたバッドボーイズ佐田くんだ。 佐田には不思議な魅力がある。なんというか男の色気というのか。決して正統派な男前ではないが、優しき古き男の色気。それもそのはず、こいつ地元博多ではかなり有名なワルで、一番でかい暴走族の総長を務め、鑑別所にも入っていたような奴だ。だがビートたけしさん曰くの"振り子理論"(中途半端なワルは中途半端な優しさしかない、徹底してた奴は全て徹底する、だからやさしさも徹底的に優しい)のとおり、実にこいつ優しく温かい、俺の大好きな男、いや"漢"なのだ。たとえば実家から送ってもらった明太子をスタッフ全員に配るときも、どんなに目立たないスタッフへの気配りを平等にと忘れない。簡単なようでこれは難しい、周りを省みるということを映画主演というプレッシャーの中実行するのは。それに撮影終了で一番涙を流していたのもこいつだし、なにより不良の大人がみんな彼を可愛がるのはその尋常じゃない礼儀正しさの所以だろう。そんな男としては申し分ない佐田君、一度だけ不徳を犯した奴のふとももをナイフで刺したことがあるんだとか。その理由はと聞くと「そこにナイフがあったから」という。俺は爆笑した!登山家かよと。そしてこいつは俺と一緒で家庭環境が複雑な典型的母子家庭だ、俺が可愛がらないはずがない。お互いいい親孝行できたなぁっと笑った。こんな刺激的な奴と過ごした32回目の6月の雨の中で作られた作品が12月に劇場公開される。その公開日は奇しくも僕をこの世に産んだ母の53回目の誕生日である。
今年、仕事でいろんな出合いがあった。有名人や憧れていた芸人さんなんかにもたくさん会えた。そんな中でも個人的に非常に感激したのが元中日、ロッテでストッパーとして活躍し、来期より横浜ベイスターズの監督に就任された牛島投手と喋れたことだ。小学生の頃から知ってる大投手と野球談義ができるなんて夢にも思わなかった。無知な我々の厚かましいお願いに苦笑いしながら牛島さんはこう呟いた。
「そういえば、うちの娘がルミネに通っていてな・・・誰かのおっかけしてるとか・・ロ・ロバ・・なんとか?」
世界の盗塁王といえば阪急ブレーブスの福本選手。現役時代彼が盗塁の秘訣について語っていた。
「盗塁に大事なのは足の速さではなく、目や。ともかく投手のクセを研究するんや。だから俺なんて試合中もずっとピッチャーだけ見てた」
そんな世界の盗塁王が苦戦した相手が牛島投手だったそうだ。曰く、
「牛島はクセをわざと俺に見せるんや。それでそのクセを利用する。俺はクセが盗めたと思ってるからスタートをきるやろ?でも牛島は実は罠を仕掛けていたからアウトになってしまう。そうなったらもう狐と狸のばかしあいやな。今度はこっちも罠、そしたら向こうも罠。最終的に騙せたほうが勝つってわけや」
完全に僕の想像で書いた言葉なので、本当に福本選手がこんな喋り方なのかは分からないが、まぁ内容は合ってるので許してもらいたい。でもこれだでもプロっていう世界がいかに厳しい世界が分かるというものだ。事実、福本選手はこういう世界で勝ってきたから世界記録を保持することができたのだが。
「それ、ロバートじゃないですか!?」
中々思い出せずにいた牛島さんに僕は思いっきり即答した。
「そうやそうや、それ、ロバートや!」
牛島さんは自分の記憶に合点がいったのかすっきりした表情で答えた。
僕は間髪入れずにこう答えた。
「それ僕らです!僕らがロバートです!」
大投手に気に入られたかった思いからでた嘘だった。今だから言います。・・・・・ほんまにすいませんでした!
僕らと牛島監督の騙しあいは始まったばかりだ。今度、会ったらすぐ謝るけど
芸人をやってると芸人本人は意識してないのに、どうも事務所同士の遺恨みたいなものが残っていたりして、他事務所の方々と一緒に何かをやったりすることができなかったりするものである。僕が所属する吉本興業といえば、大阪が元で、その大阪には故藤山寛美さんや鶴瓶さんを擁する松竹事務所がある。この松竹と吉本は元々絶対に交じあわないものだと思われてた、この人たちがでるまでは。
去年、史上初めて吉本の難波グランド花月、いわゆるNGKに松竹所属の漫才師ますだおかだが登場した。何十年という歴史を考えたら、米ソの関係が修復した以上のことであろう。このますだおかださんとお仕事をする機会に結構今年は恵まれた。CBCの「晴れドキ」でも共演したし、学園祭も結構一緒になった。元々は「NHK爆笑オンエアーバトル」で一緒になりだしたのが最初で、その頃からますださんは実に熱い方だった。そういう熱のこもった先輩とお喋りできるのは勉強になるし面白いもの。僕も負けじと熱く語る。一方、いつもそんな二人のやり取りを冷めた感じでニヤニヤ見てるのが岡田さん。見事なまでの対照的なコンビなのだ。そんなますだおかださん二人の共通項が一つ。二人とも大の野球ファンなのだ。もちろん僕もいま一番会いたい人は水島新司先生の公言するほどの大の大の野球ファン。自然と会うと野球話になるのだが、それ一つ一つが熱いこと熱いこと。M-1を制した大先輩に対して阪神の鳥谷の起用法について胸ぐらをつかむかっていうくらい熱いトークバトルをする二人、新規参入問題で何が一番球界にとって必要なのか悶々と考える二人。果ては今の公式審判団に対する苦言、賞賛、ダメだし。はっきり言っておたく以外の何者でもないような会話である。でもここまで喋れるのって滅多にないから本当同じ仕事のときはこんなこと聞こうとか考えてしまう。まぁワクワクしてるんですね。そのうち台湾のプロ野球の話とかしそうで自分が怖いです。ちなみにこの増田さん、大の阪神ファンだそうですが名古屋では中日ファンのフリをするそうです。みんな騙されるな!まだまだ二人でバトルさせてもらいますよ!あと漫才のこともたまには教えてくださいね、尊敬してる漫才師なのですから。
ハリウッドではスターは自国のCMにほとんど出ない。だから日本でどんなに恥ずかしい企画でも了承するのだ。栄養ドリンクから出てくる現カルフォル二ア知事のシュワちゃん(なんだこの愛称)にも納得だ。その理由とはハリウッドの役者は皆イメージに縛られるのを嫌がるんだとか。そういう意味でもCMタレントが堂々と女優宣言する日本ではもう自分のイメージとかけ離れた役をやるのは本当の意味での女優(ここでは大竹しのぶや藤山直美のこと)以外ではアンタッチャブルな世界なのではないか?
初期ジョージア三人娘はそういう意味で実に分かりやすいだろう。ナイスバディー=佐藤江梨子、この記号を手に入れたサトエリには漫画の実写は適役だし、元レディースの女という設定の矢田亜希子には皆なじめてない。シャーリーズセロンが醜悪な女を演じた「モンスター」の世界はハリウッドだから皆女優魂だとか言うわけで、CMのある日本ではタレントは誰も好き好んで太ったりしないわけだ。漫画的虚構の世界の中のエロスから抜け出さなきゃサトエリはよくて、作家宣言したサトエリなんて誰も見たくないということ。そう考えると「黒革の手帖」の主演に米倉涼子って素晴らしいキャスティングである。だって水商売の匂いがして、欲望に忠実な感じ、するする!だいたい今の女性タレントはみんなキャバクラ臭はするんだけど、なんか米倉嬢はガツガツ度が実に体育会的で見ててすがすがしい気持ちになるのである。うん、これ面白い。最終回当たりに終生のライバルみたいなガツガツ女に自分からCMを奪った藤原紀香嬢でも登場してみたらどうであろうか(しかし自分が借りてきた賃貸に藤原紀香いてもなぁ性的な役割以外では興味を惹かれないけどなぁ)?彼女も黒柳徹子みたいなことやってるより、欲深い女の方が似合ってると思うのだが。
ハリウッドでは「ターミネーター4」の撮影が来年頭から始まるのだそうだ。で、シュワちゃんはというとこれが知事活動で忙しく撮影に参加できないんだとか。1の設定上の地球を滅ぼす軍団(ブッシュ)の子分ってことなら役どおりの生き方をしてるんだけど。どうです、次当たりターミネーターに白木みのるとかキャスティングするのは?俺だったらやっぱり観たいけど、そういう意外性。うーん、もっと面白くてもっと意外な人いるかもなぁ?
まぁジョージアでも飲んでもう一回考えてみますわ。
「信じていたんです、そうすれば世界中から争いがなくなると本気で信じていたんです」
凛とした瞳で静かにそう語るオノヨーコさんの姿に感嘆や賞賛の気持ちを抱く前にただた
だ呆然とした。正に名曲「イマジン」の中の歌詞"君は僕を夢想家というのかな?"を僕
に思い出させた。ジョンレノンがビートルズという人類史上に輝くポップ/ロック(彼ら
はロックでしょ!だって体制や規制概念をぶち壊していたもの)グループで君臨していた
ころを思い出すのが難しいほどの変わりようを遂げたのは、彼の後妻のオノヨーコさんと
知り合ってから位からだという。ラブアンドピースの精神のもと、ベットでの全裸反戦メ
ッセージやいろんなものを削ぎ落としたシンプルな楽曲はアナーキーな形で世界中の若者
に知れ渡った。ただ実際にはそんな偉大なミュージシャンの過激な行動に遠巻きから眺め
るだけの傍観者のほうがほとんどだったと聞くが。
今年、クエンティンタランティーが審査員を務めたカンヌ国際映画祭でパルムドール(最
優秀作品賞)を獲得したのはマイケルムーア監督の「華氏911」だった。ブッシュを政
権から引きずり落とすための映画と監督自身が語るこの映画は、ネットでの一般投票審査
(IMDb)では平均6、5点である。これは皆が6点ぐらいとつけたわけではなく、全
ての答えが10点と0点しかいず、その平均点からである。
つまり徹底支持と、政治的な思惑のある映画だと批判した(まぁブッシュ支持のものたち
の妨害なんだけど)ものだけ。マイケルムーアがこの作品で言いたいのは一つだけである、
9.11のテロとイラクはまったく関係ないということ。これだけである。むしろテログ
ループのアルカイダを迫害していたのがイラクで、ブッシュはあのビンラディンを探すこ
とに兵士を最少人数にしていたという事実(イラク戦のために温存していたのだ)、アメリ
カでは9.11のテロの報復としてのイラク戦争だと思ってる人がほとんどだが(映画で
もブリトニースピアーズがバカそうな顔で語っている)、そんなものがどれだけ茶番かを暴
くための映画である。いやこれは映画という上質なフィクションではなく、実際に行われ
てる凶行を描いた悲劇のノンフィクションである。だからこれを映画としてうんぬんとい
う評価をするのは間違いである。
僕は、今、猛烈に感動している。もしかした偏執的な男が作った執念にも似たこのフィル
ムが、世界ナンバーワンの巨大国の歴史上もっとも愚かな大統領の愚行を止めることがで
きるかもしれないのだ。芸術が、いやもっと言うなら芸が多くの人間の命を救うのかも知
れない、そんな瞬間に立ち会えるかも知れないのだ。
年老いたオノヨーコはその深く刻まれた顔の皺をさすりながらインタビュアーの"なぜあ
のときジョンレノンは反戦運動を声高々に掲げていたのですか?"という質問に冒頭の言
葉を繰り返した。ジョンレノンが死んで今年でもう24年になる。僕らは想像することよ
り、実現していく痛快さを知ってしまっている。
お笑い芸人の定義って何だろう?
いつもそう思う。いつだったか、ダウンタウンの松本人志さんが"芸人とは生き様"と
語った数年前、ラジオで偶然にも同じ答えを語っていた男がいた。それがビートたけしさ
んである。僕はやっぱりこの二人のカリスマが好きだし憧れを抱いてしまう。そして、そ
んなふうに誰かに影響を与えることができる芸人になりたいなぁなんて思ってしまう。
ただし、芸人にはもう一種類、違ったタイプの芸人がいると思う。それは本人が望んで
ないのに、笑いの神様っていう奴に熱烈的に愛されてるタイプの芸人。ほっといても面白
いことが周りでおきまくるタイプ。そういう、いわゆる"天然"っていうやつ?あぁいう
タイプの芸人がいる。僕はこの笑いの神様に愛された芸人を嫉妬と憧れの目で見ているの
だが、時たま凄すぎて、絶句してしまうほどのアホアホぶりを見せてくれる若手がいたり
する。その代表格が去年僕の住んでるマンションの目の前のアパートに引っ越してきたワ
イビーワンの上原君だ。彼はすさまじい。そうめんを一緒に食べていたら、喉が渇いたと、
めんつゆを一気に飲んでしばらくしてから一言。「ちょっと今日、舌の調子がおかしいです。
麦茶がそうめんの味がします」だって。舌の調子って?いろんな意味で調子はおかしいだ
ろうが。こんなエピソードもある。僕の家の横の住人が精神を少し病んでて、僕の家の玄
関を蹴りまくっていた事件(これは本当に怖かったです。だしてもない音を僕がだしてい
たとか言いがかりをつけられまして)で、その住人の女性を上原君となだめに行ったら、
だんだん喋っているうちに自分が興奮しだして、その住人さんに「大丈夫ですか?」って
心配されたり。一番凄かったのは、去年の全国ツアーで上原君が運転手を務めていたんで
すが、調子に乗って赤信号を渡ってしまって警察にキップ切られたとき、僕が烈火のごと
く怒りまして、しばらくみんなの雰囲気が暗くなっていたときです。ずっと反省していた
上原君は一言も喋らなかったんですが、沈黙に耐えられなかったのでしょうか、突然立ち
上がって
「オレ、オレ、今日からタバコやめます!!!」
だって。・・・・・何それ?もうねぇ・・全然関係ないでしょ?もちろんみんなはそのトン
チンカンな台詞に大爆笑。僕も大爆笑。見事にみんなの雰囲気が復活したんです。こんな
ことが日常茶飯事なのです。一般的にはタリテないような感じもするでしょうが、芸人に
こんな奴がいるとみんなに愛されます。
もしかしたらお客さんみんなに勇気を与えるかもしれません。ちっちゃいことにくよくよ
してる場合じゃないって。そういう意味ではやはり芸人とは生き様なんでしょうね。今日
も笑いをありがとう上原君。とりあえずタバコはやめないでね。
暑くなってきました。こうなるとネジがね、頭のネジがはずれるんですよね。それとも
ネジがはずれるから、暑くなってきたのかなぁ。只今、ライブの準備と初めての映画撮影
で完全にグロッキーですダイノジ大谷です。いやいやもちろん仕事があることはいいこと
ですよ(正に本誌っぽい)、しかしこれはやりすぎですよ。ラジオがあったり、取材があっ
たり、コラム書きがあったり、小便は濃くなって、食欲なくなって、近所の小学生のピン
ポンダッシュも追うことができなくなってます。一回はなまはげの格好で追ってやろうと
思っていますが・・・一度なんて、かなりの距離追いかけたら最終的に「10円やるから
あっちに行って!」って言われました(笑)。小学生に買収されるとは。
とにもかくにも疲れた。この間なんて2日寝ないで、20分くらいの仮眠で現場入りした
ら、本番以外全部寝てました。しかも銭湯でボーッとするシーンだったんですが、完全に
寝ましたね。あれは完全にカットされるでしょ。監督の"カット!"っていう声でいきな
り目が覚めたんですが、夢を見ていたんでしょうか、僕は思わず「モイスチャー!!」っ
て言ってしまいました。なんででしょうかね・・・風呂つながりか・・・自分でも分かり
ませんでした。すると監督がずっと考え込んでました。あっ、怒られると思った瞬間監督
は僕に言いました「次の俺の作品のタイトル「モイスチャー」にしようかなぁ・・・」・・・
ヒットしないっすよ。多分ですけど。
こんなこともありました。私大谷、母子家庭に育ちまして、まぁつまりそれだけ母にお世
話になりまして。そういうわけで毎年母の日には電話したり、花を贈ってるんですが、今
年は忙しくて電話ができなかったのです。すると母の日が終わったその夜中に留守電が入
ってまして、母からのメッセージでした。「もしもしお母さんです。私は死んだんでしょう
か?」。うーん、みんなネジはずれてるなぁ・・・暑くなってきたんですね。夏です。
おおちが太った原因は?、とよく聞かれる。そう聞かれるといつも口篭もる。
尊敬する芸人はコージという名前が多い。僕の中でのコージ三羽烏は加藤浩二(極楽と
んぼ)、千原浩史(千原兄弟)、吉川晃司。最後の方も、バク転しながらプールに飛び込ん
だり、曲の終わりの閉めにシンバルを蹴るところなんて芸人そのものだ。その中でも加藤
浩二さんとの出合いは忘れられない。僕と相方のおおちは中学生のころの同級生で、高校
はまったくの別々。一度も遊ぶことなく、別々の理由で東京に上京してきた。僕は大学に
通うため、おおちは・・トリュフでも探しにきたのではないだろうか?(ぶたじゃねぇか
よ!byおおち)退屈な大学生生活に飽き飽きしながらバイト先の銀座東急ホテルに通う
途中でおおちと再会した。久しぶりに会って、それぞれが人生に退屈していた俺らはどち
らともなくお笑いをやろうと意気投合した。さて、どこの事務所に行くか?当時、吉本興
業が銀座に劇場を作っていた。正直、吉本のあのベタさが苦手だった俺は難色を示した。
当時、ライブで一番ネタで笑いをとっていた海砂利水魚(のちの"くりぃむしちゅー")
に僕は憧れており、正直ネタ番組に出演しなかった吉本勢(当時は吉本は他事務所と一切
からまなかった)に興味がなかったのだ。ただおおちは逆に面白いじゃんと言った。その
言葉でなんとなく吉本のドアをたたいたらなぜかオーディションに合格し、銀座の7丁目
劇場に出演することになった。出番を待つ緊張してる俺ら。ある日のことだった、その横
で金髪の坊主頭の男が逃げ回っていた。後のロンドブーツの亮さんである。追っているの
が加藤さんだった。加藤さんは逃げる亮さんにスタンガンをあびせていた。なんだこれは
ぁぁっぁぁぁ!最初の衝撃である。これはその亮さんに聞いた話だが、その昔加藤さんの
ベランダで火の手があがっているのを発見した後輩が急いで駆けつけると、そこには灯油
を燃やす加藤さんが。理由を聞くと"余っていたから"と一言。そういう問題じゃないで
しょ!これには小便ちびるかっていうくらい爆笑した。極楽さんがテレビの企画で富士山
に登頂するというやつ。時間になっても極楽さんは来ない。スタッフが探しまくってやっ
とのこと見つけると二人はざるそばを仲良く食べている。スタッフが言う、「山登るって言
ったのは極楽さんでしょ!?」。すると加藤さんが立ち上がりこう叫んだ「果たしてそうか
なぁ!!?」。この面白さ、このめちゃくちゃさ、俺はこれこそ芸人だと思う。
おおちがなぜ太ったか?そう聞かれると俺は必ず口篭もる。太らせたのは俺。それは加
藤浩二に憧れて、彼に近づきたくて一番最初に真似したことだからだ。
中日ドラゴンズの大ファンだ。なぜか。別に愛知県出身でもないし、ドラゴンズなんて
トムセレックと高倉健主演「ミスターベースボール」でしか知ってなかったのに。始まり
はたいしたことではなく、名古屋でラジオやっていて、リスナーのほとんどが中日ファン
だったから、そのころ蔓延していたにわか阪神ファンを真似してにわか中日ファンになっ
てみたのが始まりだ。そこから沖縄キャンプにいったり、選手とメルトモになったり、つ
いにはこの間はナイターの副音声までやってしまった。野球は集中して観だすと本当面白
い。サッカーのほうがシンプルなルールゆえに興奮しやすいのだろうが、野球にはそのプ
レーの裏側にあるドラマ性が感情移入しやすいのだ。今だに清原が一番人気があるのもう
なずけるのである。で、今この国は、せっかく我が中日が首位を走っているにもかかわら
ず、"近鉄・オリックス合併、合併"である。ナベツネのシナリオ通りに進みそうなこの
懸案も、端(はな)から球団経営に努力してねぇ二つが合併したところでどうなるんだと
いう感じではある。ファンの声が届く場所は今のところない。しかしながら二つの球団が
合体すれば戦力的にはかなり向上するだろうし、何よりドラマができる。これは面白い。
ならばせっかくだから視聴率的に苦戦している番組も合併してみればいいのでは?例えば
今人気の「世界の中心で愛をさけぶ」と「新撰組」(めちゃくちゃ面白い!)を合体させ、
世界の中心で尊皇攘夷叫んだり、「でぶや」のメンバーで「ウォーターボーイズ」もいいじ
ゃない。「行列のできる寺小屋」や、「はぴひる」も渡る世間メンバーでやればいいじゃな
い。一番は視聴率を稼ぐものを全部合併して、子供が始めてのおつかいの途中に、ラーメ
ン食べて、その余りのスープをかわいいペットの犬が食べて、その店員と子供が恋に落ち
ながら、ライバルとガチンコの格闘技をするっていうならいいかも。最後はその子供の悩
みをみのもんたが聞いて、やがて子供はオリンピックにでもでればいいのだ。あっ、その
子供は落合福嗣にしよう。なぜって?俺は中日ファンだから。ファンの声はしっかり聞い
てくださいよ、ねぇそうでしょ?
FUN、言葉をそのまま直訳するなら"楽しむ"ということだが、日本では一般的に熱
狂的に応援する人たちなんていうところだろうか。僕はこのファンという言い方があまり
好きではない。"ダイノジファン"、そういう言い方があまり好きじゃない。"お客さん"
それでいい。ファンっていうのは自分の中に描いたダイノジじゃなくなったらすぐに手の
ひらを返す。それは僕らにとって自由ではないような気がする。。
アメリカで同時多発テロがあった5ヶ月後に「ダイノジといこう沖縄ツアー」が組まれ
た。このツアーというのは吉本のタレントさんとお客さんが一緒になって旅行に行ったり
するものだ。もちろんお客さんには少し割高で、温泉行ったりスノボー行ったり、海に行
ったりなんていうもので、素の芸人さんと近づくなんていうもので熱狂的なお客さんなら
大喜びの企画で好評を得ている。ダイノジ初めてのツアーは先輩のおはよう。さんやブラ
ザースさんや品川庄司君なんかと一緒にスノボーをお客さんとやるツアーに参加したりし
た。ところが僕はスノボーなんかしないでずっと部屋からでなかったりしてた。そしてお
客さんにどう接していいか分からなかった。お客さんに近く接すればいい人なんて言われ
たり、なんだか随分自意識過剰になってしまう。沖縄ツアーはテロの影響もあって7人し
か申し込みが来なかった。へこんだ、これには落ち込んだ。もう俺らはいるだけじゃダメ
な芸人なんだと知った。ただ当り障りのない話をしたり、いるだけで被写体になるような
存在ではもうないのだ。で、考えた。開き直った。徹底的に楽しませるのだ、と。2日間、
ずっと楽しませる、そんなツアーにしようと。群馬にある「珍宝館」という秘宝館で爆笑
のトークを展開するおばさんのエロ話(あからさますぎてこれが面白いのだ)を聞いたり、
深夜2時から広場でお客さん全員と円になってUFOを呼ぶ儀式をやったり(オチは自腹
で参加したチャイマの山本が焼きそばUFOをお客さんに配るという非常にくだらないも
の)、各部屋訪問も他の芸人の皆様なら5分くらいのを30分以上かけたりして、お客さん
のパーソナルな部分を聞いてびっくりしたり(お客さんの意外な面が見れる、これが面白
い)、早朝5時からラジオ体操しながら朝日に向かって反町の「POISON」をみんなで
斉唱したり。ともかくお客さんも含めてミニコントを延々2日間やるつづけるようなもの。
芸人の睡眠時間は30分。はっきり言って死ぬ。でもお客さん、みんないい顔してんだ。奇
麗事でもなんでもなく、それだけで疲れが吹っ飛ぶ。俺らを見てキャーなんてない、でも
全然いい、笑ってくれてるし、最後にはありがとうなんて言われたり。うん、これだけで
いいじゃんって。自分がいいと思う笑いだけをやりたいっていうのもあるけど、根っこで
は人を楽しませるっていうことが好きなんだろうなぁって。もしかしたらお客さんと近づ
きすぎるのでヨゴレなんていう人もいるかもしれない。でもこれはお客さんがお金を払っ
てきたんだから、その分しっかり笑わせ満足させ帰す、芸人として当たり前の行為だと迷
いながらも思ってる。芸人も含めて、お客さんも含めて、その時間が本来の意味であ
る"FUN"であればいいのだ。僕はお客さんとはそう向き合いたいと思ってる。
「だって寒いじゃないかい」
古今亭志ん生は多額の借金を抱えながらも、晩年に落語家として大ブレイクし、国民の人気者になった。体が不自由になって寄席に出たら、まともにスジも追えなかったがお客は志ん生師匠が出ているというだけで大喜びした。そしてそんな彼を貧しいときから支えていて奥様とは最後の最後まで生涯を共にしたそうだ。冒頭の台詞はインタビュアーが”なぜ師匠は(こんな波乱万丈の人生に)奥様とずっと一緒にいるのですか?”という質問に答えたものだ。戦後最大の名人だった噺家の粋な名言だと思う。 なんで俺ばかりがと思った。中学生の頃だ。貧しかった。給食費なんて期限を守って払ったことなんてなかった。父親が作った借金を母は払いながら女で一つで俺と弟をスナックを経営し育ててくれた。中学生の頃、クラスの友達が自分の家の引き出しをまさぐると裏ビデオが出てきたと言っていた。お前のおやじスケベだなぁなんて言いながら、母子家庭の俺も何かでてこないかと引き出しをまさぐった。しわしわの汚れた便箋があった。恐る恐る開いてみるとびっしりと字が書き連ねてあった。それは幼い頃に僕らを捨てた父からだった。消印はどこか関東の刑務所からだった。父はそういう人だった。なんで?なんで俺らばっかりこんな目に合う。親戚に米をもらいたく母は玄関で土下座して拝借していた。後ろで見ながらなんでやと思った。神様なんていない。無性に腹がたった。初めて付き合った女の子の母親から、お宅は母子家庭で水商売やってる子の息子やろ?教育行き届いてないと思うんよ、娘に近づかんといてと言われた。なんで?なんで俺だけ。 そんな子が一生懸命やって今はなんとかお笑いやってますなんていう美談でこんなこと書きたいわけじゃない。なんなら誰だっていろんな失敗や間違いや屈辱や悩みを抱えて生きてるだろうって思う。ただこんな他愛もない経験をコラムでサラッと書ける強さが自分には今あるだけ。母親には死ぬほど感謝してる。親孝行しなきゃ。弱い奴は守ってやりたい、守れる大人になりたいなぁなんて思う。憎しみやコンプレックスをただ抱えて世界のせいにして腐って生きてたら俺はダメだと思う。なぜって?だってそれって寒いじゃないかい。それだけだ。
中島らもの青春小説「僕に踏まれた町と僕が踏まれた町」の中にこんな台詞があった。らもさんの同級生が自殺してそれを聞いたらもさんが言った言葉だ。"死ぬなんてバカな奴だ、人間には必ず生きててよかったと思える夜がどんな奴にもくる"と。
先月号のコラムが編集者のある方から大絶賛されたので今月は東京のサブカルタウン(僕はそう思わないが)と言われる下北沢について書こうかなんて思っていたが、僕はやはりひねくれ者の天邪鬼なのだ。とても重く答えのでないことを今月は書いてみたい。「いじめ」である。まぁそもそもなんでその「いじめ」を書こうかと思ったかと思うと、一つは自分がパーソナリティも務めるラジオ番組でその「いじめ」について見解を述べたところ異常な数のリスナー(主に10代)からのリアクションがあったということ、そして山田花子という一部でカルト的人気を誇る漫画家の「自殺直前日記」というのを読んだことが原因だ。山田花子はこの著書(出版目的で書かれたものではないが)で読者である我々に非常にドキリとさせられる名言を残している。
「バイト先で私はたいていいじめられる。この世界において、何をやってもダメな全く救いようのない絶望的な私の姿を、他者の視点で客観視して眺めているとだんだん愉快な気分になってくる。わたしはこの破滅型自虐ナルシズムに浸ることで惨めさに耐えて今もバイトを続ける」
「重大なこと、実はどうでもいいこと」
「一度も話しかけていないのに諦めちゃった・・こんな恋もある。まだ何もしないのに諦めちゃった・・・こんな人生もある」
ー厳密に言うなら本当の意味での自殺はない、自殺は大半が長い時間をかけた他殺なのだー
寺山修司は言った。
いじめは社会がある限り強者と弱者がいて、強者は弱者を酷使することが社会を生存させる必然性のようなものであるからしょうがないのではという気持ちがあったりする。でもそんな冷めた視点で(いかにそれが理知的で論理的であっても)生きるのは、自分の中で好きじゃない。好きじゃないというのは偉大な価値観で、大部分のことを好きか嫌いかで僕は判断する。それは勘というものに近いかもしれない。好き嫌いは道徳心より偉大な決定権だと僕は思うのだ。
自分自身の経験談をするなら僕はいじめを受けた側でもあり、いじめた加害者でもあり、そしていじめの傍観者でもあった。誤解を恐れずに言うなら、この人間特有の「悪意」にもとづいた「いじめ」という行為に人間社会を生きる上での必然性を感じ、上手に付き合ってきたほうかもしれない。もちろん自分がいじめてきた人がどれだけ傷つき、悩み、苦 しんだか、とうてい当事者じゃなきゃ理解できないものだろうと予想できるし、一方で自分がいじめられたときも慣れていくことでなんとか乗り越えてやろうかって妙な楽観的な気持ちにもなった。傍観してるときは、何か面倒なものにくびを突っ込みたくない、そんな思いだけで、心の中で偽善にも似た同情を感じることはあった。また自分はたいしたことではないと発した言葉が相手を傷つけ、相手を知らず知らず追い込んでいたなんていうこともあった。神経質で繊細なものにとって僕は無神経なバカであったし、自意識が高くなれば他人に傷つけられたと自分を悲劇の主人公へとおいやるバカでもあった。僕は自分自身に腹が立つ。ムカついてくる。怒りは表現の原初体験だ。それをバイタリティに変える、くそったれとつぶやき、怒りながら前向きに歩き始める。
そうしてタフになったのかもしれない。明日学校へ行くのがイヤでイヤで逃げ出したくて。でもそんな自分がムカつくからまた歩く。そんな途方もない作業を繰り返しているのかも知れない。ある人は自分にはそこしかないから、その目に見える世界だけしかないから、逃避の究極の形である自殺を選ぶのかもしれない。でも僕は死ななかった。死ねなかった。希望?そんな安易なものではない。僕はセックスをしたことがなかった。セックスがしたかった。だから死ななかった、ただそれだけ。読者諸君は拍子抜けしただろ。でもそんなもんでいいのである。だってまだ生きてる。セックスした後もまだまだ生きてる。まだだ、まだだと思ってる。楽しいことを探してる、諦観もなく、往生際悪くただただ俺は生きている。もう駄目だは始まりのサインだと嘘ぶく。タフになったのだ。鈍い大人になっちまっただけかもしれない。鼻で笑っちまうような青春パンクの歌詞も、まぁ安易な正義感を若者に植え付けさせ、それで弱者をかばうものが増えればいいんじゃないのって思う。奇麗事でもかまわないじゃないか。
死ぬのはいつでもできる。でも生きるのは今だけだ。 だから生きようと思う。「いじめ」に苦しむもの、逃避する場所のないもの、耐えろとは言わない、転校や転職でもいい、何か対処作を考える。相手を諭しても、人間の「悪意」はやっかいで複雑だったりする。だからできるだけ最善を尽くして、現状を死ぬ以外の逃避でしのぐことだ。山田花子は日記の中で他人を卑下したり、不幸を願ったりはしない(しないんだよ!)。そして人間とは本当に優しい生き物なのか?その疑問を抱え、答えをださず一方的にさよならした。誰も言わないなら言うよ。きっと人間は優しいはずだ。僕は思うよ、自分のような何のとりえもなかった人間がこうやって君に語りかけれる、そんな場所を提供してくれる人がいる、そして楽しみに待っていてくれる人がいる、それを思うとき僕は心底生きててよかったって思うんだよ。優しい気持ちになれるんだ。
今、お前にはそういうのがあるからいいじゃないかと思った人、適当なこと言うじゃねぇと思った人、あなたの怒りがあなたのバイタリティになりますように。
(「シティ情報おおいた」掲載「トウキョウブラッド」より)
しかし小便ちびるかっていうくらい笑った。2004年最初の元旦(一回しかないけど)のことである。この日は仕事が終わって、自宅に帰って年末のテレビ番組をまよめてビデオで観ていた。そのときだ!申し訳ないがこのコラムは俺の視点で面白いところを探し出して書くというルールを自分に課していたのだが、本当今回はただただ笑っただけ。面白かっただけ。それは「銭形金太郎SP」のくりぃ~むしちゅう有田さんのレポートのときに、有田さんが貧乏人の部屋の中のオリジナリティ溢れるアルミホイルの装飾をコロコロで剥がしたとき。ともかく笑った。こうやって文章じゃどうも伝わらないけど、ともかくアナーキーで笑った。こんなのは中学のときの「元気がでるテレビ」以来か!?そういえばこの番組って実は丸パクリの「学校へ行こう」とかより"元テレ魂"の継承者かもしれない。だって面白い素人なんかより芸人のリポートが面白いんだもん。バカはすぐ素人が面白いとか言い出す。違う違う、その面白さを最大限に引き出してやってる芸人が面白いだけ。アイドルがやるときあるじゃん、明らかに素人に無理させるみたいな演出。必死に面白い奴に仕立てる。不自然な変人。一番ツライ。逆R指定。15歳までの笑い。それは作り手が有能だけど、演者の魅力ではない。そういえば「元気がでるテレビ」の収録って一回一回が真剣勝負だったって高田純二が言ってたなぁ。初代ブラックデビルの座を病気で逃し、がけっぷちまで追い込まれていた高田さんの一世一代の勝負。いやぁ笑ってたもんなぁ。実はあの番組のリポートって発明がたくさんあったらしい(画面の下からヌーとでてくるやつとか)。「銭金」にはそんな芸人のひねられたアイデアがたくさん出てくる。芳醇なお笑い番組だ。ちなみに俺の大好きなレポーターはくりぃむさん、土田さん(最高!)、伊集院さんである。つまりは真っ当に言葉遊びができてて、すこし暗くて、暴力的で、いいかげんな人。芸能人に例えるなら高田純二みたいな人。
おおたにのぶひこ・・・つなぎを着るなら相方のおおちの特許をとってください。まぁこっちもビースティボーイズのパクリのジョビジョバのパクリのリップスライムのパクリだけど。1月28日にDVDがでます。買って。
大谷談:これは正月にマジでめちゃくちゃ笑ったんだよあなぁ。涙でるくらい笑ったのって、吉本入ってからも初めてのことじゃないかなぁ。
自分の長所であり短所なもの、それは自分が食い意地が張ってるということだ。もうそれはときどき呆れるくらいに。この間「oz MAGAZINE」さんの取材で食べ物についてのこだわりを芸人が語るとかいう連載にださせていただいたが、でるでるでる(笑)インタビュアーさんが、こんなに食べ物について語るお笑いタレントさん初めてですよだって。まぁ内心はライバル渡辺満理奈さんだと思ってるから。しかし彼女のグルメエッセイ「甘露なごほうび」(マガジンハウス社)に掲載されてるお店、ほとんど行ったことあったのには自分自身驚いた。いやいや自慢じゃなくて・・・・正直ヤバイでしょ?感性・感覚・価値観、俺は完全にOLと一緒ですよ。どんだけチェックしてるんだって。
2月に大分帰ってイベントに出演するのだが、吉本から作家や後輩が何人行くけど、これを書いてる12月の段階でずっと食い物の話ばっかり。「大分って何があるん?」っていう先輩の質問にもすぐ「食い物がうまいっす!」ってすぐ答えてしまう。脳より舌が動いてしまうんだろうなぁ。よくインタビューとかで"地球最後の日、何食べますか?"なんていう質問があるけど真剣に考え込んでしまう。もうね軽くスッと答えられない。で、悩んで悩んで"大分駅の中の立ち食いうどん"だって。この辺がB級なんだけど。でも大分でうまいものって高価なものより、何気ない食べモンが印象に残ってたりしてて。イカの刺身とかアジフライとか。アジフライにはウスターソースをドボドボかけて、付け合せにはキャベツの千切り。なぜかキャベツの千切りには醤油をかけて、でもって豆腐とわかめの味噌汁なんかがあれば最高。
こんな風に無駄に食い物についてはこだわりなんかがあって、それはなぜなんだろうなんて思ってたりしてたんだけど、思うに俺って幼少の頃って凄く貧しかった。もうね、ベタに給食費とかクラスで唯一払ってないとかいう。2,3ヶ月遅れてますみたいな。小学生の頃の卒業アルバムの写真があるんだけど、俺一人だけ上下汚いスウェットで、なんか堂々といばって真ん中なんかに写っていたりして。なんか貧乏なくせに余計なプライドはあるぞみたいな。聞いた話なんだけど、父親が家出て行ってから本当究極に貧乏で、米とかも食えない状態だったらしい。それでかぁちゃんは親戚中を土下座しながら米をいただいてたなんて。それで俺が唐辛子畑の唐辛子全部食っちゃって、それで食い終えて辛さに気づいて泣き出して。それ見てかぁちゃんわんわん泣いたらしい。みじめだって。それで食い物だけはいいモン絶対食わせるみたいになって、水商売始めてからは家のメシ豪華だったような気がする。まぁ時々、家族全員で自転車に乗って夕飯がラーメン屋でなんていうのがあって、店で食べてたら部活帰りの同級生が大挙してきたんなんていうのがあって、思春期の俺は非常に恥ずかしい思いでまるくなってたりもしたんですが。
最近というか、一生かけて一番食ったもんて何かなぁってふと考えたんだけど・・・・200%カレーだよね。100対0くらいでカレーだわ。なんでこんなに好きなんだろう?くるりというバンドの曲にある「カレーの歌」。(ちなみにここのカレーのモデルになったのは渋谷道玄坂「パク森」のカレー。大根が入ってたりしててうまいっす)カレーの匂いはとても優しくて・・・うーん、分かるなぁ。昔、付き合っていた彼女との思い出って何気に、カレーを一緒に家で作った場面だったり、僕の大好きな東京のカレー店に足繁く通っているところだったりする。カレーはせつなさメモリーに欠かせない準主役だったりする。カレーはシャバシャバのインドカレーと日本独自のドロドロカレー、これどっちも好きだからまいっちゃう。シャバシャバのインドカレーだったら上野・湯島の「デリー」。黒くてサラサラしてて、ものすごく辛い。一口食べると口中が熱くなって水をごくり、するとあら不思議、また口にしたくなる。最後は汗をかきかき一気に胃袋へ垂れ流す。冬なんて店から出ると風が冷たくて気持ちいい。でも胃袋はずっとドクドクいってる(笑)心臓じゃないよ、胃袋がドクドクいってるの。高田馬場の「ラージプート」はナンのうまい店。迷わずお店の人気ナンバーワンでありながらオンリーワンの「チキンクライ」を。これは水を一滴も使わず、野菜だけで汁気をだしてるんだけどびっくりするくらい濃厚でうまい。そんなペースト状になったカレーソースとチキンをナンに包んでパクッといっちゃう。完全インド、完全ナマステ(なんだそれ)。渋谷道玄坂の「ムルギー」や下北沢「茄子おやじ」やそれこそチェーン店の「ココイチ」や京王線駅前にある「C.Cカレー」なんかも学生の頃からたくさん食ってる(なんかちょっとした東京グルメマップみたい)。ともかく自分の血液の3分の1はカレーソースでできてるものだと思ってるくらいカレー食ってる。自分で作るときにはともかく玉ねぎを炒める。これでもかってくらいたくさんの玉ねぎをたくさんの時間ひたすら炒める。炒めまくった玉ねぎに水をいれてぐつぐつ煮る。肉はひき肉がいい。ダシが一番でるから。そこに大きめにカットした他の野菜をいれる。その間お気に入りの音楽をかけてタバコを吸ったり、読書なんかしててもいい。この時間が凄く優しい。大好きな時間だ。ともかくひたすら炒めて、ひたすら煮る。つけ合わせはらっきょが一番好きだ。あとは生のオニオンを塩コショウしたやつ、これもいい。血液がサラサラになるよ。まぁ俺の血液は3分の1がカレーだからサラサラのインドカレー血液になるだけだが。テーブルの上にシートを広げて、お香を焚いて冷たい水と一緒に食べる。願わくば付き合って初めてのデートはカレーがいい。焼き肉だとなんだか重厚すぎてドキドキしないし、ラーメンはくだけすぎてトキメキが薄れる、パスタはいかにもでなんだかマニュアル通りのデートって感じで新鮮さがない。やっぱりカレーである。うーん、こんなこと書いていたらカレーが食いたくなったじゃないか!罪作りなコラムだ。あぁそうそう家でカレーを作るときに玉ねぎを炒めながら唐辛子とニンニクも入れるとうまいよ。あっ、唐辛子か・・・俺のこの異常なカレー好きは小さい頃のあの事件がトラウマになってるのかなぁ。自然と辛いものを口にいれたいみたいな。しかし幼少の頃の恥ずかしい話で顔から火だして、カレーの話で口から火がでて、今年一年燃える一年にしたいですな(なんだそれ!)。今年もよろしく!
(「シティ情報おおいた」掲載)
大谷談:これは大絶賛をうけましたね。なんか文章が軽いからタウン誌にあっていたのかも。これ以後もうまいカレーにたくさん出あってはいるんだけど。
セックスをするときは代々木忠という監督が書いた本の「プラトニックアニマル」を思い出す。自分のプライドを脱ぎ捨て、心を素っ裸にして自分の弱いところや惨めなところを受けとめてもらえという一つの考え方。初めて読んだときは目からうろこ。加藤鷹が無駄に喘ぎ声をだす(自分の恥部をさらけだすことで女の子にも飛んでもらうというわけだ)のはそこからだそうだ。
去年の全国ツアーを収録したDVDが28日に発売されるのだが、一個収録しなかったネタがある。僕が落語をしたやつだ。出来がどうのこうのではなく、途中でビートたけしさんの「浅草キッド」という曲を使っていて、その許可が降りなかったためである。曲はなぜかそれが絶対にいいと思った。たけしさんが浅草時代のことを歌にしたバラードは芸人なら誰もが涙する名曲だ。それがあって初めて落語が完成する。それは大好きな柳家喬太郎師匠の新作落語に影響をモロにうけた男女の愛憎をテーマのなかなかシリアスなネタだった。元々は去年の5月にやった僕一人のライブで披露したものだが、大変好評で再演したものだ。そのときネタを作る際たくさんの落語を聞いたり観たりした。その中でも心に残ったのが「お直し」という作品で、名人古今亭志ん朝師匠のも素晴らしかったのだが、特に心に残ったのが高田文夫先生のバージョンだった。静謐かつ狂気という、実に複雑であいまいな男女の関係性が表れた名作。男のために女郎屋に身を落とす女。"平気かい?"と男に聞く女、"平気なわけないよ"と男、一瞬の沈黙のあと"平気じゃなきゃ困るんだよ!"と絶叫する女。男女の深く複雑な性愛が織り成す人間ドラマに心打たれた。それをベースに、ある貧乏な芸人に体を売ってつくしぬいて堕ちて行く女の物語を作った(もちろん笑いを交えて)。
「落語とは人間の性(さが)」
立川談志師匠の言葉だ。この僕の落語には僕の死生観や性の価値観が詰められていた。
そういえば「プラトニックアニマル」を購入したきっかけは帯の高田文夫先生の推薦文でだ。後で聞いたのだが、この本を先生に薦めたのが"浅草キッド"の水道橋博士だそうだ。奇妙な人間の性を感じる。
(「マンスリーよしもと」掲載)
大谷談:これはマンスリーに掲載されたときは文字数の問題で大分カットしたから少し推敲してみた。マンスリーという雑誌でこういうネタをあつかうのはちょっと危険かも知れないなぁっと思ったけど、あんまりいい子ちゃんな内容では誰も俺らしさが認識できないまま、ファンクラブ通信みたいな内容になるのではと思って。
僕は毎日のように日記を自分のサイトで書いている。できるかぎり多めに、できる限り詳細に。日記を最初書き始めた頃は、いわゆるファンサービスというものでだ。まぁ自分がどれだけダイノジのお客さんに愛されているかっていうのの確認作業だった。調子にのって書いていたら、あるとき違うサイトでかなりヤリ玉にあって、そういう経験がなかったから大変落ち込んだ。もちろんサイトは閉鎖。匿名性で好き勝手書かれるネットの世界に怖がって一時はパソコン事態開こうとしなかった。そんな僕に再会のチャンスをくれたのが浅草キッドの水道橋博士だった。「日記どうして書かないの?そんなことでやめちゃうの?誰のために日記をつけてたの?君自身のためでしょ?」そうなのだ。博士は自分自身のために日記をつけている。数年前、免許の写真偽造で業界をホサレタ博士は、復活の手始めにイチから勉強してサイトを立ち上げた。そこでどんな悪意ある嫌がらせにも屈せず、日記という表現方法で自分たちの笑いを追及していった。その結果、それまでたけし軍団イコール体を張ったりするリアアクション芸しかオファーがなかったのが、トーク中心のおもしろキャラをいじったりする現在のキッドさんお得意のパターンの獲得や、ディベート形式の番組への出演の増加、結果今の快進撃につながったそうだ。自分の小さなプライドや、保身のためだけに逃げていた僕は大いに反省した。それからは弱さも強さもあからさまにした、もしかしたら芸人としては汚れているかも知れないくらい赤裸々に日記をつけさせてもらってる。芸人とは生き様を見せる仕事。博士の師匠であるビートたけしさんは昔そんなことを言っていた。もしかして日記は僕にとってもっとも素に近い芸人活動なのかも知れない。ちなみにそんな僕がいつもチェックさせてもらってるネットの日記はその博士の日記と、さくまあきらさんの日記と、吉本の尊敬する先輩バッファロー吾郎木村さんの日記である。
(「マンスリーよしもと」掲載)
大谷談:これは宣伝もふくめたもんですね、明らかに。当時の小さい計算が垣間見えます。これ書いてからうめだの楽屋でバッファローさんに会うとミョウーに緊張しましたね。メガネをとった木村さんは顔怖いですしね。
毒舌映画評論家兼映画監督の井筒作品の中で一番面白いのは「岸和田少年愚連隊」(宮迫さん凄すぎる!)、ついで「ガキ帝国」(この舞台の住人になりたかった)、そして個人的に「のど自慢」が好きだ。「NHKのど自慢」は日本の良識、生活感、土着感満点のいかにもな素人参加番組だ。つまり「のど自慢」ってジャパニーズディープソウルムービーだということだ。この映画の後半の「のど自慢」の公開収録シーンが凄くリアルで、その後の涙涙のラストシーンの前フリにもなっている。これを観て以来、少し「NHKのど自慢」を注意深く観たりして。
この間も何気なくチャンネルひねったらやっていて爆笑しまくった。いやぁもう終始テレビの画面につっこみいれてたもんね。最初はいかにも気弱そうな若者が一人で出てきてスマップの「セロリ」を歌ったんだけど、ダンスがともかくキモい。全盛期のオザケンばりにくねくねくねくね、軟体動物の交尾のように踊るの。そういう曲じゃないんだよ!そのギャップに笑ったなぁ。続いて地元のOL4人組で「セーラー服を脱がさないで」を歌ったんだけど、歌詞の"友達より早くエッチをしたいけど~"のところで鐘がカーンと鳴って。絶対この歌詞で鳴らそうっていう審査員の小さい悪意を感じた。そして次は明らかに60から70くらいの老人が出てきて、また地味なポロシャツをスラックスにインして、それで演歌歌うんだろうなぁって思ってたらtrfの「寒い夜だから」。観てるこっちの空気が凍ったわ!でも全部に言い切れるのはみんないい顔してんだ。それが余計に笑えてくるんだけど。つっこみうまくなりたかったから絶対観てほしいね。あっ、ちなみにtrfはTRFに改名してました、あしからず。カーン。
ダイノジ大谷ノブヒコ・・・・1月28日に初めてのDVD作品をだします。「この映」さん、取材に来てね。ちなみに僕はカラオケでは常に渡辺美里「マイレボリューション」を歌います。
(「この映画がすごい」掲載)
大谷談:なんかね、井筒さん荒れてるでしょ?とりあえず毒づけばいい!みたいな。それだけじゃないのにね。
あとこの模様は下北沢の「一龍」でラーメン食ってるときに放送されてて、ラーメンふきましたね。あまりの変さに。笑ってるの僕だけでしたけどね。
11月30日に中津で営業のお仕事に行った。初めての中津。県南佐伯出身の僕としてはあまり馴染みのない町だったが、かの有名な福沢諭吉先生(中津市民は福沢諭吉には必ず先生をつけるそうです)の出身地、襟を正して漫才をさせてもらった。楽屋に貼ってあったチラシにはダイノジのライブの告知文として
"人気実力共に急上昇ダイノジ登場"
なかなか気持ちのいい歓迎ではないかと一人悦に入っていたところ、2ステージの空き時間に店内をぶらぶらしているとイベント用のポスターがあって、そこには
"人気実力共に急上昇?ダイノジ登場"
と記してあった。なんというトリック。?ひとつでこんなにもダイノジの微妙な人気ぶりを表現するとは、失礼だろ!と突っ込む前に笑ってしまった。実はこの11月30日は僕にとってとても大事な日になった。この前日、あのM-1グランプリの準決勝が行われ、この日の夜に決勝進出者の発表があったのだ。2002年になぜか決勝進出し、完全に舞い上がって終わってしまったあの大舞台に今一度出るため一年間漫才をやってきたといっても過言ではないほど力をいれていた。しかしながらそんな僕らは29日の準決勝でまた去年の決勝のようなかしこまった漫才をしてしまった。僕はネットで日記を書いているのだが、これからその30日の日記を掲載する。いかに私という芸人がグジグジとしちゃ意気地のないものか嘲笑してもらいたい。
11月30日
早朝、気分が乗らずに空港へ。この道のりは長い。足取りも重く。飛行機で福岡へ。空港に着いたらABC放送の山田さんがいる。結果報告を聞くシーンを密着で撮りたいのだと。勘弁してほしかった。120%受かってない。分かっているし、認めるからやめてくれと言いたかった。大阪組の結果次第だが。そこに淡い期待もあったのかもしれない。複雑な心情が心を支配していく。福岡からソニックという電車で大分の中津まで。すぐ駅前で大きな福沢諭吉の銅像が迎えてくれる。(中略)
終了後、ソニックで福岡へ。
到着後、スタッフと中州にある「河太郎」へ。
食後、ホテルに帰った。部屋でもカメラは回る。イヤだった。とにもかくにもイヤだった。ネタの出来悪さが頭に映像でかけめぐる。でも自分には逃げるとことがない。
12時に電話がかかってきて、結果を聞いた。
結果は落選だった。そこで初めて落ち込む顔をしたおおちにいらだった。ぶん殴った。ここで落ち込むのは違うだろうと。そのときに頭がクリアーになった。あれっ?なんだこれ?なんなんだこれ?俺らは笑いあった。そうだそうだ俺はわかった。俺がムカついていたこと。それは俺らが俺ららしいことをやれなかったことだ。俺らが優勝できる?できるわけねぇじゃん。去年の決勝でもそうだった。俺がやりたいのは、こんな若手が緊張する現場で大人が審査して優劣決める番組。こんなもんをめちゃくちゃにして帰るのが俺らじゃん。俺らがゲラゲラと笑って帰るんじゃん。それができないから去年ムカついたんだ。そうだそうだ忘れていた。しかも敗者復活で勝ちあがったら今年は昼から番組やってるからいっぱい映るし、おいしいぞ。俺の視界が完全にバカになってきた。いいぞいいぞ。何かを背負ってどうするの。無理無理。俺らにそんなの無理。オンバトなんていつもそうだった、NHK新人演芸でもそうだった。君達審査員は付録だよ。会場にいる100人のうちに10人くらいが、いやぁバカみたいだったなぁって言ってくれればいいじゃないか。敗者復活では一番笑いとって、それで落ちればいいじゃん。あぁそれならできるできるって。なんかわかりやすくなってきた。急に相方にあれやろうかって、これやろうかって。7丁目劇場でうけなくてうけなくて、それでも作家のアドバイスも無視して、無駄に自信があった俺だ。それでいいんじゃん。いやこれが正しいかなんて分かんないよ。だって俺は一貫性のない男だから。この日記も俺が真面目に笑いを取り組んでいてて好きですなんて感想を送るやつがいる。そんな感想を読むたんびに、自分でそんな自分を演出してた。らしくないらしくない。ごめんな、俺そんなやつじゃない。そんな真面目じゃない。俺が笑うためにやろうぞえ。
今読んでも気恥ずかしい駄文だ。このコラム書いてる時点と、発売されたばっかしの時点ではまだ敗者復活や決勝戦もやってない。結果はどうなるか分からんが、
こんな風に思っていたんだと。
俺はずっと不安だった。落ちるのが怖かった。
決勝行けなきゃ、来年から仕事が減る。給料も少なくなる。守りたかった、今の芸人としての生活。俺らはかっこつけてオンエアーバトルも出なかった。今でもメールなんかで出演してくださいなんて言ってもらう。俺らが健在だとアピールする場はM-1だけだったような気がしてた。全国ツアーやっても全国津々浦々お客さんが入るわけでもない。お客さんを増やすためにも名前を売らなきゃいけない。後輩に小さいこと気にすんなって言いながら小さい世界に固執してたのは俺だった。それがあの落ちたという宣告を受けたとき、全部ふっとんだ。なんぼのもんじゃと開き直った。くそくそくそ。今は別に来年仕事がゼロでもいいんじゃんなんて思ったりしてたりする。また劇場からでも、下北沢の路上からでもいい。最初からやればいい。面倒だけど自分の人生だ。つまらないことやってしまうほうがごめんだ。俺はイスでにやにやしながら、焦点もあわず。こんな面白いこと思いついたんだよ、君はそれを聞いて笑うかな。あぁ早くやりたい。やってやってやりまくりたい。
覚えてて欲しい、俺はダイノジだ。
大谷談:名文じゃないかと思ったら、今観るとなんか若いですよ。それだけM-1にかけていたんでしょうね。なんにしても楽しんでやらないとダメですよ。あんな公開ネタ見せは。
僕はあまり知られてないが明治大学に現役で入って現役で卒業した経緯を持っている変な芸人だ。学歴自慢などではない、だって大学で何も残してないし、それで何か得したことがないから。明治に進学を決めたとき、猛反対した人がいる。大阪にいるいとこのおっちゃんだ。東京に対するコンプレックスの塊のおっちゃんは東京の悪口を言い出したら止まらない。小さい頃から僕は威圧的な甲子園に連れていかれて、このおっちゃんの与太話を聞かされるので大阪が苦手だった。
去年のM-1の決勝が終わって、僕が相方に最初に言った言葉は「NGK行こう」だった。フットボールアワーさんとの志の高さの違い、基本となる漫才の勉強、その答えがあそこにあるような気がしたからだ。全国ツアーをやってもお客が全然入らない鬼門の大阪。必要以上に大阪を意識していたと思う。最初は萎縮していた。でもともかく袖でかじりつくように偉大な漫才師達の漫才を見ていくうちに、なんとなくだが自分らに足りないものを感じとれたような気がした。訂正し稽古を重ねると、ちょっとずつだが笑いを取れ始めた。そうなると不思議なもので空き時間なんかに町をぶらついてみるのが楽しくなる。新しい発見がたくさんある。前向きになったからというわけではないが、町で声をかけてくれる人もぼちぼち増えてきた。お笑いの本場という言葉はあまり好きではないが(東京でも大阪でも面白い人は面白い、つまらない人はつまらないと思うからだ)、お笑い芸人を認めているという点では日本一の町だと思う。
そんなとき相方と「千とせ」の肉吸いをうまそうに食っていると、若い男が店に入ってきて相方を指差しこう言った。
「わぁ!ほんまもんや!ほんまもんの三瓶や!テレビで見るよりまろやかな顔やなぁ・・」。
まろやかって何だ。苦笑いしながら僕は思った、大阪は鬼門であるが大好きなおもろい町だなぁと。
大谷談:不思議ですよね大阪。最近、うめだ行くの楽しみで楽しみで。大阪に住みたいなんて昔は死んでも思わなかったですけど、本当いい人多いし、メシうまいし。こりゃぁいいところだと最近では思いますね。なんか全部むき出しで分かりやすいところが好きかな。
グレートチキンパワーズのナンチャンに似てないほうがヤングシナリオ賞を受賞した。あくまでも噂だが、某二人組みアイドルを売るために某巨大アイドル事務所に業界での仕事を妨害されたために、最近ではほとんど見かけなくなっていたグレチキ。こんな展開が待っていたなんて少しびっくりだ。それはそうと世は脚本家の時代だ。ドラマは脚本家で選ぶ、クドカン大好きって言ってればアリみたいな世の中で(しかし「TV Bros」も松尾スズキ連載してるからって大人計画絡みは全部が全部大絶賛してるんだもん、早く誰か悪口いわねぇかなぁ)、元不良の熱血教師ドラマという王道を突き進む「ヤンキー母校に帰る」が好きだ。いや正確には分からない。だって観てないから。これは去年高視聴率をたたき出したドキュメンタリーのドラマ化なのだが、僕はそのドキュメンタリーに不覚にも号泣してしまったタチだ。「北の国から」が放送される日は、朝から今日はたくさん泣くぞなんて思ってしまう下世話な日本人の私だが、これには自然と涙が出てきた。実際のヤンキー教師義家先生がうまいのだ。その、なんていうか全ての伝え方が。言葉のチョイス、表情(特に怒ったとき)が。我々はその義家先生の脚本通りに感動すればいいのである。ドラマ化にするさい、本当にやって欲しかったのは、この義家先生に本人を演じて欲しいなぁなんて思ったくらいだ。しかしこのドラマを観て、同じTBSの武田鉄矢はどう思ったのだろう?あれも武田鉄矢脚本みたいなもんだからなぁ。グレチキには是非業界のイヤな体質をドラマ化してもらいたい。元ジョビジョバのマギーにはグループのメンバーと別れ一人でこの世界を生きていく困難さを。しかしいいタイトルである。続編が観たいものだ、その時は「ジャンキー母校に帰る」「無職の小男母校に帰る」「痴女母校に帰る」「落合中日に帰る」「福嗣ういろうを求める」「母校に帰れない」なんていうのもいいかも。うーん、僕も脚本でも書いてみようかしら、なんつって。
ダイノジ大谷・・・・いまさらながら「男はつらいよ」にハマッてます。初期の寅さんはただのダメな人で勇気がでます。
大谷談:これはいかにも若手お笑い芸人が書きそうな文章ですね。義家先生の「週刊文春」モノもグッときますよ。いいこと言うからね。
玄関を開けたらビックリした。レースのブラジャーが二枚放置されていたからだ。瞬間、罠だと思った。なんの?それは分からない。手にとってみたいが、そんなところを偶然持ち主に見られては大変だ。こっちは二つのブラを手にして、お前が落としたのはこっちのブラか、それともこっちの金のブラか?慌てて部屋にいた彼女にちょっとみてくれと催促した。「どう思う?」「うーん・・・・」。困惑する彼女であったが、突然そのブラを手にしてみた!俺は困惑し、やめろと制止したが、彼女はおかまいなしにこう答えた、「ありゃぁ・・Bカップだわ」。サイズかぁ・・それは気がつかなかった。しかしこれで分かった。このブラ、そうレースのブラを落とした彼女は故意に落としていったのではない、そう断言できる。なぜならBカップのブラを堂々と他人に見せたい子なんて世の中にいない。他人に見せていいのはDからだ。それが俺のおっぱい哲学だ。おっぱい哲学?
しかし醜悪な映像だった。読売巨人軍原監督の解任記者会見。これを観た野球ファンの少年はどう思ったのだろう?と自分は思う(「週刊プレイボーイ」の江夏風)「読売グループ内の人事異動」っていったい何なのか?「球団の特別顧問」って何なのか?渡辺恒雄(ナベツネ)さんはこんなもん見せて巨人ファンが増えると思ったのかなぁ?しかも自分の思い通りにいかないマスコミ報道を"敵性メディア"とまで発言してる。いやしくも自分も読売という日本最大のマスメディアでありながら、他の言論の自由を認めない、その姿勢が垣間見えるじゃないか。巨人という球団の悪しき体質、堕ちた偶像。そこにはメンツを必死で守ろうとする、嘘で固めた大人の身勝手な理屈ばかりが垣間見えた。なんかに似てると思ったら、こりゃぁ自民党だわ。総選挙で罵り合い、投票終了後、候補者全員で握手。日本人はいつからこんな茶番を許すようになったのかなぁ。原監督がかわいそうに見えたのは最後の最後に男の意地みたいなものを見せたからか。終始ニヤニヤしていた堀内も気味悪かったなぁ。なんでこうなったのか?巨人には野球に対する哲学がないのである。勝ちという結果だけを求めたその場しのぎのやり方(生き方)には誰も心揺さぶられないのである。阪神がなぜこんなにもにわかファンを作り、国民全体に支持されだしたか?それはもちろんブームというものもあるだろう、しかしそれ以上に阪神タイガースには、星野監督には哲学があったからだと思う。それがこの国の野球ファンの心をとらえただけの話だ。星野監督といえば、おいらの母校である明治大学卒業時に巨人から指名の挨拶を受け、自分は巨人に入るものだと確信していたのに、結局巨人は直前で自分らの身勝手な都合で指名を回避したのである。このとき星野さんに熱い何かがやどったらしい。「俺は巨人を倒すことを生きがいにしよう」と。これだけでも十分ドラマティックだ。そこには哲学がある。そこに観てるみんなは自分の人生を重ねあわせたりする。会社に突然裏切られたとき、学校でイジメにあったとき、舞台でスベッて笑いがとれななかったとき(これは自分ですが)。見返してやると頑張る姿勢は現代に生きる奴らには一番必要なドラマ性じゃないのかと。
巨人はぺタジーニを獲得したときにすでに終わったのである。そこに理由も哲学もないから。清原がいるではないか?外野で使うならぺタジーニの守備は?来年は清原と争わせるって、それは清原に失礼だろ。彼が今巨人の顔なんだから。プロ野球人ってなぜか最後は巨人でみたいな人が多い。そんな選手に誰も心揺さぶられるわけがないのに、将来の人生の安定に最後は巨人を選ぶ(肩書きに元・巨人というのがつくと講演会のギャラが全然違うんだとか)選手。プロ野球ファンはとっくの昔にそんなの知ってるから金本(広島→阪神)みたいな選手に声援が送られる、そこにドラマ(哲学)ができてるからだ。
しかし、だからこそプロ野球ファンとしては願わくばそんな着飾った虚飾を破壊することで、新しい哲学を生み出す怪物の誕生を巨人軍に望む。巨人がてっぺんにいて、皆で引きずり落とすことこそがプロ野球ファンにとって一番面白い哲学だからだ。
と、この原稿を書き終え、コンビニに大好きな「俺の塩」を買いに行こうとしたら玄関にでたら、そこにはレースのパンティが落ちていた。どういうことだ?なぜレース?なぜ俺の家の前に?こいつを落とした犯人を捕まえて話を聞き出したい気持ちにかられた。きっとその子にはその子なりの哲学があるのだろうから。(「シティ情報おおいた」掲載)
大谷談:これは本当に落ちてたんだよ。心配になったなぁ。それを原監督解任のニュースであまりにもムカついて強引に結びつけたという。くりぃ~むしちゅ~の上田さんのうんちくばりの強引さですね。マンスリーにも同じような内容のコラム書いたら大の巨人ファンから抗議のメールが来たのですが、まったくどこに巨人に魅力があるのか、何言われても納得できないですね。新浦から江川、桑田、いつも平然と卑怯なことするでしょ?もっと正々堂々と戦えバカと言いたくなるんですね。ちなみに「俺の塩」がうまいのはロバートの秋山君に教えてもらいましたね。うまかった。
エリッククラプトンとは日本語で柳ジョージである、っていうか俺なんかがこんなところで書いていいもんかねぇ。だって本当に最初柳ジョージの真似してる外国人だと思ったもん。それで高校生になってどんどんロックの名盤聴きあさりだしてクリームのギターがこの人だって知ったくらいだから。今は亡きジョージハリスンの嫁に恋してしまった気持ちを綴った「レイラ」の最初のイントロの"テレリレレー"ていうところ聴いて、さすがミスタースローハンド(クラプトンのあだ名、あまりに滑らかに指が動くから逆にゆっくり見えるんだとか、すげぇ!)なんて関心してたら、あれはオールマンブラザーズバンドの方が弾いていたんだとか。ギャフン!この人ブルーズに系統してて黒人になりたがっていたという、逆マイケルのような人なんだけど、結果的にどっぷりブルーズじゃなかったその薄さが彼をポップスターにしあげたのではないだろうか?なぁんて音楽ライターみたいなこと書いてみましたが、僕は今でも、サッカーのカズが自分の結婚式でひたすら流し続けていた「ワンダフルナイト」を聴くと、胸が締め付けられます。不倫だったり、未婚で子供できたり、その子供がマンションから落ちるという事故に見舞われたり(それで引きこもっちゃったけど、なぜか復活を促したのはジョージハリスンだったという妙!)、生き方だけは呪われたブルーズマンバリバリなエリック!ストラトキャスターが世界一似合う方。ちなみに日本でツアーをやるときはいつも凄い日程組んでます。半分は柳ジョージが影武者でやってるんではないかと疑っています。
(「ぴあ」伝説のロックスター)
大谷談:これは凄いですよ。俺の前後に書いたのがARBの石橋凌さんだったり、みうらじゅんさんだったり。なぜかその並びに、しかも全然詳しくないクラプトンを僕が書くことになって。結構評判はよかったらしいのですが。こういうトーンだったら全然書けますね。
日本国民がほぼ忘れかけているt.A.T.uミュージックステーション出演ドタキャン事件。代役をかってでたミッシェルガンエレファントの生ライブ(西川貴教がラジオで同じレコード会社同士のヤラセ事件と言っていたが)のかっこよさも中学生の世界観を変えるような素晴らしいものだったが、何といっても特筆すべきものはタモリさんのあの肩の力を抜いた立ち回り方だと思う。あぁいう時にタモリという芸人はとたんに輝きを増す。「タモリ倶楽部」でのどこかどうでもいいんじゃないのと思わせる立ち位置の司会は決して若手ではやることができない、どこか熟練のブルース演奏のような渋みがある。特にゲストが肩の力が入ってる人(例:エレカシの宮本とか)とかの場合のケミストリー具合は実に芳醇な楽しさがある。
以前、「笑っていいとも」に「五体不満足」で有名なお乙武さんが出てきて、もう僕なんかは腹抱えて笑ったのだが、彼が自身で「いやぁ僕だけに手も足もでないっすよ!」と答えたことがあった。もちろんアルタのお客さんは障害者に対するこの国特有のあの空気に徹していて、聞こえないフリをしてはクスリともきてないのだが(乙武さん最高!)、タモリさんは少し苦笑いした後、「コラッ!」と言った。この「コラッ!」が絶妙で、どこかいたずら好きな子供をなだめる父親のようで空気が一気にほんわかしたのだ。
ラジオなんかの密室芸で放送禁止ネタで戦っていた男はこういう空気を微妙に感知してどこかどうでもいいいじゃんないのというような平和的な空気に変えれる。「笑っていいとも」というお昼の緩和している時間帯に必要な空気はこの職人芸があってのもだ。願わくば「いいとも」の最終回では封印している絶品の物真似"昭和天皇"でしめくくってもらいたい。日本国のお昼の象徴として。
宝島社 「この映画がすごい!」「ダイノジ大谷の俺はTVっ子」より
大谷談:これはね。書く事何にもなくて。しょうがなく書いたのがこれで。
俺位ビッグになると外国の方にからまれることもシバシバ。
この間もギロッポン(六本木)で純情派決め込んでいたら気づいたら
外国人観光客に集団に囲ま れたわけ。
地図片手になんか俺に話しかけているわけ、俺ピンときたよね。
“お前の家はどこ?”っていうことなんだろうなって…
やっぱ日本の有名コメディスターの家に行きたいってわけよ!
まくしたてる外国人に意地見せた一言がこれ。俺だって学あんだぜっていいうさぁ!
どうよみたいな感じ。
でも勘違いしないで、俺は他所の国のやつらとケンカがしたいわけじゃないの、
現にそんとき思ったよ、あぁ世界中が平和になればなぁって。
今年のバースデイ、俺のためにビッグな芸能人が下北に集まってくれたのよ、
ハンパじゃない数がさぁ…嬉しいよね…でも思ったの。
結局これだけの有名芸能人が集まってくれるのって俺が常日頃から仕事にたいして
マジで取り組んでいるからなのかなぁって…
だからサンキュウしたのよ、誰に?俺自身にさぁ!
最近、新しく使い捨てのコンタクトにしたのよ…で、何?あの視力検査っていうやつ。
ほらっ、俺負けず嫌いでしょう?
どうしても“見えません”って言いたくなくてさぁ…
空前の小泉ブームだよね。俺、奴が首相になったっていうの聞いたのつい最近なのよ。
ジョカノ(恋人)に“小泉首相って凄いよね、支持率80%だって”って言われたとき、
ちょっとカチンときちゃってさぁ…どんな奴ってなもんよ。
まぁいつかは拳と拳で会話したいね。タイマンはったらダチだしさぁ(LET’sダチ公)
でも小泉さんには感謝状もらいたいよね。
支持率の理由の少しはあの人大谷に似てるからっていうのあるからね、ショーミの話(笑)
お茶目な大谷見せますっていう感じ(笑)
これねぇ、最初にダイノジ組んだとき、大地が泊まりに来たのね…
そん時にガバッと起き上がって決めた寝言なのね。
飽食している現代社会を寝ながらも憂いてしまう生真面目さ。
本当面倒くせぇやつね俺(笑)
俺って自分の不正は許せるのに他人の不正は許せないんだよね。
前も凄い不味いチャーハンをだす中華料理屋があってさぁ、そこに金持っていかないで
メシ食いにいったわけ…
そしたら金払わない俺を犯罪者扱い?そんな感じにするわけ…
不味いくせにさぁ…もち俺キレルわなぁ…
まぁでもかぁちゃんと人は二度と殴らないって約束していたから手はださないわけ…
本当、中坊のとき族やって迷惑ばっかかけていたからさぁ(笑)
で、この言葉をぶつけたってわけ…
相手キョトンよ。そんとき思ったわ…勝ったな、って(笑)
俺、好きになった女には必ずこれを言うらしいのね(笑)
そいつが付き合った中の男の中でも一位になりたいなんていうね。
死ぬ瞬間に観る映像は俺中心にしてくれやっていう…
まぁどういうシーンになるかはその子しだいかな…なんてね(爆笑)
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