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ダイナマイトバカソウル

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プロフィール

  • ダイノジ 大谷

    大谷 ノブ彦(おおたに のぶひこ)
    1972年6月8日 生まれ
    175cm/65kg/B型/双子座

    一児の父親。嫁が若い。肩幅の広い女に弱い。ロックを聴いたり読書をしたり、落語を聴いたり、美味い料理に舌鼓をうったり、それと同じ目線で「冤罪」や「政治」や「プロ野球」にも興味を持つ。 好きなAV女優・・・星野あかり 好きな球団・・・中日、楽天、広島 好きな飲み物・・・ポカリスウェット 一番会いたい偉人・・・水島新司先生 座右の銘・・・「ただ生きているだけの人生なんてごめんだ」          「俺、登場」 最近嫁が作ったネタ・・・替え歌で”餃子も食えないこんな世の中じゃポイズン”ってやつ。台所で何を歌っているんだと思いました。 最近の悩み・・・家族の保険代、税金、急激な激太り。

2012年2月

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最近のコメント

2007年4月23日 (月)

いじめられている人々へ

いじめられてる人々へ」
 
 
 
 これは個人的な意見だが・・・大人の世界にいじめというものは存在する。未来に何か希望や夢のようなあやふやなものに託すのは、間違っているとは思わないが、どの大人も思うようには生きていけないものだ。未来に希望をもって、現在(いま)を我慢することで乗り切ろうとするなら、僕は今の現状から逃避することをお勧めする。ただ君が成長した分、周りの悪意も成長するわけで、将来そんなものに再会するのもそれはそれでヘビーなことかもしれない。
 
 
 
だからって自殺するっていう手段、表現方法は推薦しない。俺は少なくともしない。自殺という
行為が笑えないし、そんなものは絶望的な観測で日常を生きなければいけない君にとっては復讐の一環となるのかもしれないが、加害者の鈍感さを知ってれば、そんなものがたいしたダメージにならないことも君にもわかるだろう。
 
 
いろんな希望や夢がないと断言してるようだが、もちろん自分の傷をバイタリティに変えることができるものもいるわけで、そのわずかな望みにかけるのもいいが、ひとつだけ言い切れることがある。それは、君が生き続ければ、そんな過去を笑い飛ばすことができるたくましい君に再会することがあるということだ。だから俺は死ぬという手法を否定する。そのネガティブさが必ず君に笑いという果実に変身し舞い戻ってくることを信じてる。
 
もしもどうしても日常に耐え切れないなら、どうしても死ぬことしか考えないなら、せめて戦ってからでもいいだろう。やられるならその前にやっちまえばいいのだ。俺はいつもそう思ってる。悪意を持ってきたものを地獄に落としてから自分も死ぬつもりだ。こっちのほうがまだ笑える。
 
だが俺個人ははやはりそんなこともやらないだろう。
そんなことやるくらいなら面白い復讐の手段をひたすら考えている方を選ぶだろう。
笑える復讐を。
 
 
北方謙三は自殺するものに、死ぬ前に本を100冊読めと言っていた。
要は価値観を広げろってことだ。
 
俺は同じようにお笑い芸人のネタを100本観ることを薦める。
どうせ遅かれ早かれ死ぬって決めたんなら、
漫才やコントを100本観てから死んでもいいだろう。
 
笑いは人間だけの特権だ。特権なら行使してから死ぬべきだ。
 
人間であると君自身を心から讃えてこの文章をしめたい。
 
 
 
 
 
 
 

2006年4月19日 (水)

killkillkillkillkillkillkill(ベトナム戦争で兵士のメットに書かれた言葉、理性のない、判断のない言葉)

 

 

1999年4月に起きた山口県光市の母子殺害事件で、殺人などの罪に問われた当時18歳の少年だった被告(25)の弁論が18日、最高裁第3小法廷(浜田邦夫裁判長)で開かれ、先月の弁論期日に出廷しなかった弁護人の安田好弘弁護士らが「1、2審判決には事実誤認がある」として、弁論の続行を求めた。しかし、同小法廷は認めず、追加の主張は1カ月以内に書面で提出するよう求めて結審した。
 同小法廷が弁論を開いたことから、1、2審の無期懲役判決が見直される可能性がある。判決期日は後日指定する。
 安田弁護士らは「遺体の鑑定書を見れば分かるように、殺害方法の事実認定が誤っており、母子に対する殺意はなかった」と主張。「被告には十分な弁護を受ける機会が保障されるべきで、誤った事実で人を裁くことはあってはならない」と訴えた。
 一方、検察側は量刑不当を理由に上告しており、改めて「犯行は冷酷非情」として、死刑判決の必要性を強調。弁論続行の主張については「弁護側は上告しておらず、必要はない」と反論した。 

(時事通信) - 4月18日19時1分更新


 

 

 

 

この事件は当時とてつもなく衝撃的でした。

改めて少年法というものを考えざるをえなかったしね。

誰にでも起きた可能性があったこと。

 

ここまで戦い続ける遺族の皆様の悲しみ、慟哭が聴こえてくるようだ。

憎悪の連鎖を人はとめられるのか?

加害者である元少年はいつまでも偏った報道でしか、今の心情を、今の行動を、世間の皆さんにさらけだすこともできないのだろう・・・

 

 

だが・・・

そんなもの必要なんだろうか?

人は再生できる、それは素晴らしい可能性だと思う。

ただその重い重い言葉は加害者ではなく、被害者に捧げたい。

どうすれば被害者の傷は癒えるのか。

優先すべきはどっちなの?

答えがでないまま、ついに最終的な審判が下される。

 

最愛の妻と子供を辱められ、陵辱され、無残に殺され。

そんな現実を叩きつけられたものの気持ちに寄り添えるのか、俺らは。

 

加害者が税金で罪を償ってる間、被害者は生活と直面しながら、日常を生きながら、悲しみを毎日受け入れていけなきゃいけない。

 

私の大好きな森達也氏は自らの書籍で、加害者の側にたった報道を、そしてそれこそが憎しみの連鎖をとめるものだとして、自らの家族が同じような目にあってもこらえてうけいれる覚悟はあると言った。

俺、そんなことできない。俺には無理。今のところは。

どんなに本を読んでも。どんなに思考してもそこに行けない俺。なんなんだ。

 

少年法。

なんなんだあんた。

 

 

大谷へのメール宛先

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2006年4月18日 (火)

すいません

 

ブログ書く気がおこりません。

「ゴッチ語録」面白かった。

彼、後藤正文っていうのね。正しい文。文才あるはずだわ。

 

今更ながら、

奥田民生さんの広島市民球場でのライブの映像観て、

めちゃくちゃ感動しましたね。

休憩後の映像で涙ボロボロ。

「唇をかみしめて」が好きなんよねぇ。

ええとこやねぇ広島。

 

 

 


2005年12月 8日 (木)

しかし

このペドロ三木とかいう奴は例えが全部つまんねぇなぁ。いいポジションみつけたとか思ってんだろうなぁ。


2005年11月12日 (土)

アンチ少年法

 

 

町田の女子高校生殺人事件。同級の男が身柄を拘束。犯罪を認めたそうだ。

 

もてない男がやってはいけないルール破りだ。

同じもてない男として、怒りを覚える。

もてないならもてないでいいじゃないか。

 

 

 

どんな理由であろうと許せる事件じゃない。

 

極刑を望む。

それが問題発言であろうとも。

許せない。